2008.01.08 (Tue)
野村克也 「弱者が強者に勝つ1つの方法」
少年時代は家庭が貧しく、父親である要一は、野村誕生前に満州にて戦死した。野村自身も小学校1年から兄とともに毎日新聞配達をして、家計を助けていた。貧乏な生活から脱却したいとの思いから、将来は歌手になろうとコーラス部に所属したり、俳優になろうと映画館通いをしていたそうだ。
高校入学後、野球部に所属。だが、チーム自体が弱く、プロから見向きもされず、南海にテスト生として入団した。だが、1年で戦力外通告を受けてしまう。「お前には、才能がない」と言われた。だが、「野球を辞めたら、オレは死ぬしかない。南海電鉄の電車に飛び込む」と言って、残留を頼み込んだという。
3年目以降、正捕手に定着していったが、どれだけ練習しても3割を打つことができなかった。当時、野村は「野村はカーブが打てない」と観客から野次られるほどだったという。
転機が訪れたのは、ある日バッター席に立った時。ピッチャーがボールを持つ手がよく見えた。指の幅が広くとっていると、ストレート。狭く持っていると変化球。思った通りの球を投げていた。
それからだった。ピッチャーのクセをよく見るようになり、球種をチェックし続けた。結果、どのような球を投げてくるのか、ある程度予測することができるようになった。
当時、「球種を読む」ということは恥ずべきことだと思われていたという。だが、3割に届くためには、あと4〜5分足りない。それを補足するには、球種を読むしかなかった。
野村は言う「気力、体力などというのは、あって当然のこと。プロならばその先の"知力"で戦うのだ」と。弱者が強者に勝つには、どうしたらいいのだろうか、と考える際、やはり最も大事なのはデータ分析なのではないか、ということだろう。
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という野村の格言があるが、 何の理由もなく負けるわけではなく、その試合中に何か負ける要素がある。負ける要素が何であったか、どうしたらその要素を消せるかを考えて行くことで勝ちにつながるのではないか、ということであろう。
強者の側も、もちろん考えている。それでも、その強者のクセを見抜き、分析することで活路を見いだすことができるのではないか。自身も言っているように、「契約金0円からスタートしている。劣等感をもっている」からこそ、弱者が勝つためにはどうしたらいいのか、というその哲学は、"単なる強者"の論理以上に説得力を持っていた。
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