2008.01.05 (Sat)
Youtube創始者のインタビュー記事
・いつユーチューブを思いついたのですか。
2005年1月、会社の同僚のチャド・ハーレーたちと、米国サンフランシスコの僕の家でパーティーを開きました。その時の写真や動画を仲間に見せたいと思ったんです。写真はメールで送れたけど、動画はファイル容量が大きすぎて無理だった。それがきっかけです。
これは結構、有名な話。その後、2005年2月にPayPal で知り合ったチャド・ハーリー、ジョード・カリムと共に YouTube を設立している。
・ウェブサイトづくりで心がけたことは?
僕の母でも使えるものにすることです。当時も動画を見られるサイトはありましたが、「回線速度は64kbpsか、それ以上か?」などと聞かれる。「64kbps」なんて、母にはちんぷんかんぷんですよ。だからページを開けば、普通に見られるようにしました。
次に形式の問題。写真はJPEG形式で事実上統一されていますが、動画は映像の形式が120種類、音声は220種類もあった。特定の形式でないと投稿できないのでは不便すぎる。形式を問わず投稿ができるようにするのも目標でした。
やはり、使いやすさ、感覚的なわかりやすさというのは、非常に重要な要素なようだ。
その後、Youtubeの動向はどうなったかというと、
試験サービス開始が05年5月で、年末には閲覧数が1日300万になった。今は世界で1日に数十万本の投稿があり、閲覧数は数億回です。1分あたりに投稿される動画は7時間分。ユーチューブの動画を全部見ることは誰にもできません。
2007年5月21日時点で8000万の動画があり、日に35,000の動画がアップロードされていることがプレスリリースで発表されている。もはや桁の違う数に上っているだろう。
次第に、質問は深い話になっていく。
・売却先をグーグルにした理由は何ですか。
ユーチューブのカルチャーに最も近いと思ったからです。一番心配だったのが、収益最優先にされること。すべてのページに広告を載せるとか、最初に動画広告を再生するなどと言われるのはごめんでした。グーグルと協議して、ユーザーが喜ぶことと投稿動画が増えることの2点を重視していることがわかったので、選びました。買収後も僕たちの独立性を守ったまま運営させてくれています。
Googleが「人類が使う全ての情報を集め整理する」という壮大な目的をもって誕生していることからも、「動画を、手軽に分かりやすくアップロードしたり、観られるようにする」といったYoutubeのコンセプトとしては合致しているように思う。結果、非常に大きなシナジー効果を生み出したのではないだろうか。
さらに、日本製の動画投稿サイト『ニコニコ動画』についての質問がされている。
・日本では、「ニコニコ動画」という動画投稿サイトが人気を集めています。
知っています。ユーザーが動画を再生しながら、コメントを書き込むと、それがその画面に反映されるというのは、コミュニティーをつくる上で楽しく有効なシステムですね。ユーチューブももっと活発化して、多くの人に楽しんでもらえるようにしたいので、まねをするというのではなく、学びたいと思っています。
・ニコニコ動画は、動画に関連したお勧め商品の広告をユーザーがページに張り、他のユーザーもそれを見て購入できるようになっています。
それは知りませんでした。ユーザーが張れるのは、いいアイデアだ。広告で重要なのは、ユーザーに受け入れてもらえることですから。ぜひ確認したい。
どうやら、『ニコニコ動画』に関しては、あまり強く意識はされていないようだ。「余所は余所、ウチはウチ」といった、独自の進化を考えているようだ。
また、Youtube売却後の生活はどのようになったか質問されている。
・生活が一変したのではないですか?
家も同じだし、実はあまり変わってないんです。ああ、車はだいぶスピードが出るのに変わりましたね(笑)。
・日本についてどう思いますか。
僕が住みたい街は、いま住んでいるサンフランシスコ、ニューヨーク、そして東京です。29歳でも日本語を覚えられるだろうか、と日本のスタッフに聞いて回りました。
・何がそんなに気に入ったのですか。
ラーメン(爆笑)。僕はラーメンが大好きなんですよ。技術者なので、夜中まで仕事をすることが多いのですが、サンフランシスコは夜10時に店が全部閉まってしまう。でも(グーグルのオフィスがある)渋谷は夜中の3時でもラーメンが食べられる。こんなすばらしいところは世界中を探してもそんなにありません。
インタビューを通して、巨大な事業を興した人物とは思えないほど、親しみやすい感じの青年といった感じだった。
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