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伊集院光が語る 「若手芸人の辞め時」

2009.09.02 (Wed)
激笑!炎の落語2 [DVD]2009年08月31日放送の「伊集院光 深夜の馬鹿力」にて、元々は落語家であった伊集院光(元:三遊亭楽大)が落語家を辞めたときのことを話していた。話の発端は、知り合いの若手芸人の内の一人が、「芸人を辞めようかと思っているんですけど…」と相談しに来たことだった。

「そういうとき、引き留めるべきかどうか、悩むんだよね。『辞めるのなら、引き留めない』と言うけど、本人は引き留めと欲しいのか」と伊集院は語り始めた。

「芸人はね、たしかにいつ売れてもおかしくない。宝くじも、買い続けていれば当たる可能性はあるわけでしょ。それに、芸人の世界では『売れさせよう』っていう力も働いているから、いつ、誰が売れてもおかしくはないわけですよ。まぁ、芸人は大勢いるからあたる確率は低いですけど」

「そもそもね、俺はわざわざ芸人をやっている必要も内容に思うんですよね。俺なんかは、『中卒、普通免許無し』ですから、ほかに行くところがないんです。だからね、大卒の普通の人で、まぁ…25歳くらいだったら、大学留年したって考えて『辞めるなら今』みたいにも思う。そういう人が『芸人辞めようと思いまして』っていえば、『よく間に合ったな』って思う。就職先も、若い内ならまだある」

「…芸人と芸人じゃない人って考えると、俺の中で『芸人じゃない人』っていうのはちゃんとしているって思うんだよね。昼過ぎまで寝ていても『芸人だから』で済まされるかもしれないけど、芸人じゃなかったらちゃんとしなきゃって思うもん」

「…芸人以外の選択肢があるのなら、そちらの方がいいんじゃないかなって思うんだよ。俺みたいなやつは、就職先はないもの。そう言う人が、『芸人を辞める辞めない』ってことに関して口出しするのは、『偉そうに…』なんて思ってしまう」

さらに、伊集院は自身が落語家を辞めたときのことについて、以下のように語っていた。

「俺が落語家やっていたとき、同時に『伊集院光』の名前でラジオをやっていた。だからね、落語家をやっている傍ら、ラジオもやっていた落語家としては何でもなかったけど、ラジオの方は少しずつ名前が知られるようになった」

「そうしたらね、師匠の耳にも俺のことが届くわけですよ。『お宅のお弟子さんは、三遊亭っていう由緒正しい芸名を持ちながら、別の名前でラジオに出ている。それは、師匠の方針なんですか?』とかって言われるワケですよ。そういうとき、師匠は『アイツはバカですからね。何でもやらせてみて、分からせようと思いまして』なんて、かばってくれるわけです」

「それで、辞めるときには、『師匠にもご迷惑をかけているようですし…』とかって師匠に申し上げた。そうしたら、引き止められなかったよ。『お前がいなくなると、室温が下がるな。…ちゃんと、お世話になったところに挨拶に行くように』くらいのことを言われて終わった。若手芸人が辞めるって言い出したら、ああいう格好良いことを言えばいいのかな」

「そういえば、兄弟子の三遊亭花楽京は引き留められていたんだよな。花楽京さんは、俺よりも才能があった。その人が先に『辞める』って言い出したから、キツイものがあった。『俺より才能がある人が去って、才能のない俺が残る…なんだ、これは』みたくなるよね。まぁ、花楽京さんは楽太郎師匠の一番弟子だったっていうのもあるけどね。だから引き留められていた。それを思うと、切ないよな」と伊集院は語っており、芸人を辞めようかと思っている、という人への言葉を悩んでいる様子だった。

ちなみに、伊集院は「僕が育てたって人も一人もいないけど、僕のせいでダメになったって人がいなければ、これ幸いです」と、あくまで芸人を続けるか否かは自己選択であって欲しいと考えているようだ。

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タグ : 伊集院光,三遊亭楽太郎,石田章洋,三遊亭花楽京,

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