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伊集院光、上柳昌彦の「ラジオDJは絶好調時、自分の背中が見える」発言の真意を知る「離見の見」

2014.07.15 (Tue)
2014年7月15日放送のニッポン放送系の開局60周年記念番組である『ラジオで聴いた忘れられぬミュージック』に、お笑い芸人・伊集院光が出演し、ニッポン放送時代からの古い付き合いでありラジオパーソナリティの"恩師"でもある上柳昌彦との対談を行っていた。
のはなしし
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伊集院光は、20歳頃、ラジオパーソナリティを始める際、先輩たちのアドバイスを求め、アナウンサー・上柳昌彦に「絶好調のときの基準があって。絶好調のときは、喋ってる自分の背中が見えるんだよ、伊集院くん」と言われたことを、"座右の銘"として、自分の背中が見えるようになるまで頑張っていたのだという。

だが、後に2人で雑誌対談を行った際、その真意を知ろうと質問したところ、上柳は「そんなこと言ったかな?」と答えたという。なぜ上柳がそのような発言をしたかというと、「ラジオパーソナリティとして大きく育った伊集院光に、多くの人が言ってることで、さも自分の言葉のように言ったのが、恥ずかしかったから」なのだという。その発言は、イチロー、古田敦也、蜷川幸雄らが同様の発言をしているそうだ。

実は、上柳の発言は、大本をたどると、能の大家・世阿弥の著書『花鏡』にあり、「離見の見、つまりは自分が演じている姿を、客席にいる自分がもう一人いて、そこからそれを見るような気持ちになりなさい」と、客観的に見ることで芸を磨け、ということのようだ。上柳の言葉の真意を知り、伊集院は大きな感嘆の声を上げていた。

伊集院光:僕が20歳くらいで始めてニッポン放送でお世話になった頃、上柳さんは凄い大人に見えましたけど…

上柳昌彦:20代、真ん中辺くらいですよ。

伊集院光:まぁ脂の乗った。そのときは深夜帯で。

上柳昌彦:そうですね。『オールナイトニッポン』をやってるか、『ファンファントゥデイ』になった頃かですかね。

伊集院光:そうですね。ちょっとロックブームもあって、アーティストを呼んで喋る番組やってて。俺はラジオ始めたばっかりで、全然何も分からなくて。

上柳昌彦:うん。

伊集院光:「ラジオとはなんですか?」「喋りとはなんですか?」って先輩に訊きに行ったら、偉そうにする人じゃなかったんですけど、「絶好調のときの基準があって。絶好調のときは、喋ってる自分の背中が見えるんだよ、伊集院くん」って言われて。その言葉を糧に、いつか背中が見える日がくるんじゃないかって思って。

上柳昌彦:ふふ(笑)

伊集院光:バカな話だけど、バックプリントの派手なシャツを着ていれば、今、背中が見えたかどうか、薄く見えても分かるはずだ、みたいな思い込みで。

上柳昌彦:はっはっはっ(笑)

伊集院光:ほいでね、その後、10年まで経たないですけど、5~6年経って始めて、背中が見えた日があったんです。

上柳昌彦:ほう。

伊集院光:それは精神的に絶不調で、今、考えると、処方箋が出るような日なんだけど(笑)

上柳昌彦:ふふ(笑)

伊集院光:それで、上柳さんに「そういうことを肝に銘じてやってきて。そういう日が来たんです」って言ったら、上柳さん「そんなことを言った覚えがない」って言い出して。座右の銘を言った本人が、覚えがないって、それを糧に生きてた人間、どう思います?

上柳昌彦:はっはっはっ(笑)

伊集院光:照れ隠しで…さらに一回りで照れ隠しで言ってるのか、本当に若者をからかって、あの時にテキトーに言っただけなのか、どっちなんですかね。「俺、そんなこと言った覚えないよ。だって、『好調な時に背中が見える』って言葉、凄く新鮮だもん」って言われてから、本当にテキトーなこと言ってたのかな、それを俺は真に受けちゃったんだなって思ったんですけどね。

上柳昌彦:…ふふ(笑)あのね…その話になったのはね、何かの雑誌の対談で。

伊集院光:そうですね。ラジオ対談。

上柳昌彦:そういう現象があるっていうのを誰かから聞いてるんですよ。それで、後に伊集院さんと会ったときに、「言ったか、どうだったっけかな?」って思ったときに、イチロー選手も、古田敦也さんも同じことを言ってるんですよね。イチロー選手は、「もう一人のイチローが、自分に対して一番厳しいんだ」ってことを仰ってるし、古田敦也さんも、「バッターボックスに立ってるときに、自分が見える時がある」と。

伊集院光:うん。

上柳昌彦:これは、色んな人が言ってるんだろうなって、調べたことがあるんですよ。そしたら、(笑福亭)鶴瓶さんが、「『離見』って言葉を蜷川幸雄さんから聞いたことある」って聞いたんですよ。

伊集院光:リケン?

上柳昌彦:離れて見る、で「離見」なんです。「離見の見」って言葉があって。これをさらに調べたら、世阿弥が『花鏡』という本の中で、「離見の見」、つまりは「自分が演じている姿を、客席にいる自分がもう一人いて、そこからそれを見るような気持ちになりなさい」って書いてあったんだよね。

伊集院光:はぁ~!

上柳昌彦:だから、俺オリジナルじゃなくて、誰かが言ってたんだよ、それを。

伊集院光:それこそ、ラジオの力じゃないけど、言葉でずっと繋がれてたことで…

上柳昌彦:そう。どっかでそれが入ってて、自分のことのように、伊集院さんに偉そうに言ったのが、きっと恥ずかしかったんだと思うんだよね。

伊集院光:僕は、それを次の世代の若手に、「派手なバックプリントのTシャツを着ろ」って足しちゃってるから(笑)アレが一番分かりやしって(笑)

上柳昌彦:ふふ(笑)

伊集院光:割りと、継がれてる言葉なんですね。

上柳昌彦:室町時代の世阿弥が、「自分が演じている姿を、客席にいる自分がもう一人いて、そこからそれを見るような気持ちになりなさい、冷静に自分を分析して客観的に見ろ」って言ってるんだよね。

伊集院光:じゃあ、上柳さんは尊敬しなくていいです。世阿弥を尊敬します(笑)

上柳昌彦:そう、世阿弥を尊敬すれば良いんだよ(笑)

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