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伊集院光、糸井重里との対談で学んだ「ネット上で悪意ばかりがクローズアップされる理由」

2014.06.11 (Wed)
2014年06月11日に上梓された伊集院光のエッセイ集『のはなしし』にて、タレント・コピーライターの糸井重里との対談で気付かされたという、インターネット上で悪意ばかりがクローズアップされる理由について記されていた(「インターネット」の話)。

のはなしし
のはなしし

糸井重里といえば、インターネットが一般的に普及し始めてまもなくに『ほぼ日刊イトイ新聞』を開設し、現在も更新し続けているなど、ネットリテラシーについて人一倍造詣が深い人物として知られる。

そんな糸井に、伊集院は「インターネットをやっていて気づいたところは?」と質問を投げかけたという。糸井の回答は、「世の中、意外にいい人が多いこと」というものだった。だが、匿名掲示板は罵詈雑言が飛び交うことも稀ではない。一度ネット炎上をすれば、謂れのないようなことも含む批判的なコメントが多数寄せられる。

そんなインターネット上でのやりとりでは、「意外にいい人が多い」とは決して思えず、むしろ逆の印象を抱くはずだ。伊集院も同様に疑問を抱き、問い返してみたという。その時の糸井の発言は、以下の様なものだった。
糸井「例えば、友人の結婚式でね、出席者の一人がウェディングケーキの上にウンコをしたとするでしょう、その結婚式は、もう最悪の結婚式でしょ」

「出席者がみんないい人で、ホテルマンもいい人で、新郎新婦もみんないい人でいい結婚式でも、一人の物凄い悪い人が、ウェディングケーキの上にウンコをしちゃうと、その印象ばっかり強く残っちゃうじゃない。そういうこと」

糸井は、インターネット上でも良心的な人が大多数なのではないか、ごく一部の悪意を持った人々の意見ばかりがクローズアップされるため目立ち、多くの人々がそのような悪意を持っていると勘違いしてしまうが、実際はそうではない、と指摘しているのだ。

結婚式の例でいえば、祝福してくれる良心的な出席者がほとんどにも関わらず、一人の奇異な行動を起こす人のせいで台無しにされた、と不快な気分にさせられてしまう。だが、実際はそこに出席している人の多くは、その結婚式を祝うために集まった良心的な人々であり、その人たちのことをしっかりと忘れないようにしよう、ということなのだろう。

この発言を受けて、伊集院光は以下のように記している。
よくよく考えれば、有益な情報もいっぱいあるではないか。(天津甘栗でいえば)確かにガリっと言うような石みたいな栗もあるが、そこまでのやつは手に取った瞬間わかるから捨てればいい。そういう栗ばっかりの店には二度と行かなければいい。ホクホクの栗の割合が高いお店で買えばいい。
ネット上には、有益な情報もある。その一方で、傷つけられたり、不快な気分になってしまうような言葉も存在している。後者が多く含まれてるところは見たりせず、有益な部分や、人の温かみや優しさを得られる部分を大事にしていくことで、上手くネットを利用できるのではないか、ということだ。

ツイッターやFacebookなどのSNSでも、ごく一部の最悪な気分にさせられる言葉や情報が自分に向けられることも多い。そのような言葉にクヨクヨしたり塞ぎこんでしまうのではなく、大多数の良心的な人々とともにお互いに良好な関係性や有益な情報交換をするべきなのではないか、ということである。

もし悪意あるコメントなどで傷ついた人がいたならば、糸井や伊集院の言葉を思い出し、思い悩むのではなく別のところに目を向けてみるのも良いのではないだろうか。

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