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伊集院光×ジブリ・高畑勲監督「リアルさの追求ではないアニメの進化」

2013.09.24 (Tue)
2013年09月23日放送の「伊集院光 深夜の馬鹿力」にて、伊集院光がジブリ・高畑勲監督と対談したという内容について語っていた。

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伊集院光「かぐや姫の物語」に出演

伊集院光「2年前くらいに事務所に話がきて。ジブリ映画に、声の出演をしないかって打診があって。それは願ったり叶ったりだけど、1つだけ確認してほしいことがある、と。僕は、宮崎駿さんのアニメに関して、乗る反るが激しくて、ラジオとかでもそんなに好きじゃないよって話を結構してますよ、と」

「偶然、良かったことがあって、ただ俺は高畑勲監督の作品は好きですって話をしてて。『火垂るの墓』と『ホーホケキョ となりの山田くん』が好きなんで。その時点では、ウチのマネージャーも、どっちの監督かって分からなかったらしいんだけど、結局、高畑勲監督の作品だったのと、向こうが寛大で(笑)そのコメントを聞いても『良い』っていうことだったんで、やらせてくださいって」

「高畑勲監督の『かぐや姫の物語』っていうのに出るってことになったんですよ。この間も、録り直しというか足りないところを録ってきたんですけどね」

伊集院光「映画・となりの山田くん」への思い

伊集院光「高畑勲監督と雑誌の取材で、インタビューやって。いっぱい話をして。色々面白い話を聞いて」

「こっちの思いとしては、『ホーホケキョ となりの山田くん』が好きだっていう。最初のときは、僕はいしいひさいちさんのファンだから、ちょっとイヤだったというか、いしいひさいちさんの『おじゃまんが山田くん』のイメージを持って観に行くと違うなって思ったんですけど、その後に好きになって、やたらたまに観なおしてる作品になってるんですけどね」

「『おじゃまんが山田くん』は、俺が中学生の頃に、兄貴の部屋にあった4コマ漫画を読んだんですよ」

「その後に、テレビでアニメになって、4コマ漫画の舞台は大阪の話で、東淀川3丁目の話で、俺は当時、その地域の様子は全然分からなかったの。でも、こんな感じだろうなっていう、ちょっと汚いアパートがあったり、学生がいっぱいいるんだろうなってイメージで。それがTV版になったとき、東江戸川3丁目になったの。全国区にするにあたって、東京にした方がいいだろうってことになったんじゃないかな」

「それで、1回目の『おじゃまんが山田くん』のアニメ化の裏切りみたいなのがあって。『江戸川は知ってるけど、俺の中にある東淀川はそんな感じじゃないから』っていう。それで映画になった時も、意外とほのぼのとした家族映画みたくなってて、『ちょっと違うんだけどな』って違和感はあったの」

「ただ、その頃はCG全盛期で、セル画のアニメから、コンピュータの中で作画をするってアニメに変わっていったっていう中で、『ホーホケキョ となりの山田くん』は、水彩画みたいな、色つきの水墨画みたいな。半紙で直接、筆と絵の具で描いたみたいなタッチでアニメが作られてるの。それに俺は衝撃を受けて」

アニメにおける「CGとリアルさの追求」

伊集院光「最初の頃に、『アニメがCGになりますよ』って頃は、『トロン』が出てきたり、『ゴルゴ13』の劇場版アニメがCGで作られて、『このシーンは1秒間で○○万円掛かってます』みたいな。今思えば、パソコンを買うお金も計上してたハッタリだから、ちょっと違うんだけど、それを吹いてて。いかにもCGっぽい画面にすることが良いってされてたの」

「CGっぽい画面にすると、『スゲェ』って思うって感じだったんだけど、『ホーホケキョ となりの山田くん』のときは、真逆だったの。でも、考えてみたら、半紙に薄墨と水彩絵の具でアニメーションを描くってことは、無理じゃん。1秒間で24コマ、水彩画を描くなんて絶対に無理な話だけど、それもCGなら出来るし、むしろアナログっぽくなったのに僕は衝撃を受けたんですよ」

「あと、ジブリの人は頭が良いね。ジブリの人も手練だなって思ったのが、対談が始まるまえに『俺が宮崎駿作品があまり好きではない』とか『ヘタしたら嫌い』ってことではなくて、『高畑勲監督の作品がお好きなんですよね』って間の取り方をしてた(笑)」

高畑勲監督「絵画とアニメの違い」

伊集院光「高畑勲監督が話してたことなんだけど、『自分の年齢だと、アニメを観て育ったわけではない。子供の頃に、アニメに憧れて育ったわけじゃない。だから、別にアニメは好きではない』と」

「元々、絵が好きで絵画は大好きだったんだけど、アニメってなったときに、絵を動かす時に、犠牲にしなきゃいけないことがある、と。セルに色を塗った背景を描きました。その前に動くキャラは、色を塗ったセル画に2Dの物を描いて、少なくとも縁取りの線は描かないと色を塗る指定は難しい。グラデーションも掛けられず、単色で色を塗っていくっていうのがアニメの手法で、これは仕方なくやり始めたことだ、と」

「絵とアニメの違いっていうのはそこで、アニメは仕方なくそういうことをやり始めたはずだ、と。でも、技術が進化したときに、本当は陰影のある3Dでやりたかったんだけど、アニメはそうはいかないからっていう、ベタな2Dでずっと作ってたんだけど、ディズニーは資金が豊富になったり、機材が豊富に入ってくるに従って、立体に見えるような絵にし始めた、と。だから、今やミッキマウスのキャラクターグッズにも陰影があるし、立体感がある」

「でも、自分はそこにそんなに憧れてなかったから、3Dにそんな憧れはない。アニメだけど出来なくて諦めたことは、『絵から(表現できないものを)引いていた』と。そこにあるものを全部描くんじゃなくて、引いていたんだ、と」

「『かぐや姫の物語』ってね、空が別に青空で塗られてないの。空は白いの。それは、日本画に多いでしょ?雲は描くけど、何もないところは何も描かないって考え方で、見えるものに全部色を付けるって感覚があんまりないと思うんだ」

「結局、原点に立ち返ると、コンピュータが入ったことで、より作業効率を良くするってことに興味はない、と。元々やりたかったけど、コンピュータが無い時代は効率が悪すぎて出来なかった表現の方をしたいから、その余白があったりとか、境界線が無い絵を描いたりする方に、高畑勲監督は力を入れている、と」

高畑勲が「やりたかったアニメ表現」

伊集院光「いいなって思ったのは、色んな新しいテクノロジーが出てくる時に、忘れられることってあるじゃないですか」

「効率化される時に、一方向を向いちゃう。アニメのセル画をいっぱい描くのに、時間が掛かって、人員が大量に居る。でも、コンピュータが導入されて、それが凄く効率化されて、人が少なくて済んで、時間がかからなくなる」

「人数もそのまま、スピードもそのまま。だけど、『元々は、とてもじゃないけど、半紙に薄墨で絵を描き続けることは無理だったけど、コンピュータの処理だったらできる。そっちが自分の元々やりたかったことで、コンピュータが無いと出来なかったことで、それをやりたい』っていうのが、凄いなぁって思って」

高度な技術のCGでも描けないもの

伊集院光「ジブリ映画で有名な背景とかを描いてる男鹿和雄さんってオジさんがいて。今回の背景も見事で。カミさんに連れられて江東区の美術館でわざわざ見に行ったこともあるんだけど」

「男鹿さんとも話できて。スゲェ分かってもらえて嬉しくて。そこにあるものを全て描くっていう作業も大変だけど、抜くって作業も大変だと。余白を残して想像させる作業も大変でって話をしてて。今回の『かぐや姫の物語』でも、かぐや姫に貢ぐ色んな財宝の描き方も俺が好きで」

「僕は落語やってたんですけど、『松の木におじやをぶつけたようなブス』って表現が大好きなんです。これは、実際、肌のテンションが低かったり、ゴツゴツした顔だったり。たとえて言うなら、ヤンキースの松井秀喜が女装したような顔を想像する。だけど、これを特殊メイクで作ったりしても、引くと思うんだよね。笑えないと思うんだ」

「自分の中の想像上のブスと色んなパーツやイマジネーションを組み合わせると良いブスになるのと一緒で、余白のある絵には、それがあると思うって話で意気投合できて、スゲェ面白かった」

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タグ : 伊集院光,高畑勲,かぐや姫の物語,ジブリ,

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