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伊集院光「古典落語『頭山』の解釈について」

2013.03.26 (Tue)
2013年03月25日放送の「伊集院光 深夜の馬鹿力」にて、古典落語『頭山』の解釈について語られていた。俺の声/SION

伊集院光「誤解を恐れず言うと、俺の中でいつもちょっと不思議なんだけど、昨日、TBSでJUNKのイベントがあって。それに出て。たくさんの人が来てくれて。JUNKが好きだっていう人がね。俺の中で、ラジオって一人で聴くものだから、ずーっと一人で聴くものだって思ってるから、イベントに行って個人的には嬉しいんだけど、最終的に帰り道で『みんなは不満は残らなかっただろうか?』って思っちゃうんだよね。大勢集まるってことに関して」

「あと、ラジオは好きで聴いてきたけど、イベントってほとんど行ったことがないの。一回だけ、友だちの大野君に連れられて、ニッポン放送の上柳昌彦さんが司会をやってる、アイドルが出てくる公開生放送に行って、アイドルの子目当てに行ったんだけどね。そのアイドルは誰なんだって話になるけど、それが岡田有希子さんだから、ちょっとトーンが下がっちゃうという(笑)最終的には『明るくて良い子だったんだけどね…』って話なんだけどね」

「複雑な感じになるよね。あと、SIONっていうアーティストが割りと好きで。コンサートとかに行くんですけど、そこにいる人はみんなSIONが好きだからいると思うんだけど、一緒に歌う人っていうのがダメなのよ。アイドルの歌もそうだし、みんなで歌うのに向いているアーティストっていると思うんだけど、俺の中でSIONってアーティストが、どうあってもみんなで歌う歌じゃないじゃん」

「SIONの『俺の声』って曲があって。それが、『ヒーローたちの写真は、栄光と挫折を同時に晒してしまう。自分は王様だって思ったけど、自分の声や喋ってることは、全部ピンボールのように跳ねてるだけだ』って歌詞なんだけど、それをみんなで合唱しちゃうと、話違くない?ってなっちゃって。それ以来、コンサートに行かなくなったの。俺がそれを求めに行かなければいいなって思って」

「話が変わるけど、お花見もそうだと思って。俺、桜が相当好きだけど、お花見の会場のノリっていうのが大嫌いなの。それも勝手なもんで、自分の身内の花見の分にはいいけど、お花見の会場は同時多発的に宴会が行われてるから、そこにすごい入ってる人とか、超酔っぱらいの絡み上戸の人とかいるじゃん。アレがむしろ自分の好きな桜ってものの周りにいることが、スゲェダメなの。あと、お花見のヒモで囲ってあって誰もいなくて、3日後くらいの日付で『○○がお花見します』って書いてあるところあるじゃん、あれは超ムカつくんだよ。その人も桜好きだから来るわけじゃん」

「好き同士の最終的なところで主張が違うっていうところが、一番、相容れないんだよね。俺の場合は、行かないか、誰もいない夜中3時くらいでそこを歩いて見ればいいやってなるんで、それ以上エキサイトするわけじゃないんだけど」

「桜の道を歩いてると、急におじさんから『飲め、飲め』って言われたりするの。それで最初から『やだよ』って言わないけど、『このあと、仕事あるんで』って断るんだけどね。あと、『一杯飲むと100杯飲みたくなっちゃうんで』みたいなギャグ(笑)そういうのを入れて断るんだけどね。だけど、『まだそのセリフってあるんだ』って思う、『俺の酒が飲めねぇのか』ってセリフを言われてイヤな気持ちになったりするんだけどね(笑)」

「一歩あるくことに、イヤな気持ちになっていくの。桜が綺麗だって気持ちを忘れて。そこに、金曜日の段階で日曜日にお花見をするってブルーシートが掛かってたりして、会社名とか団体名とか書いてあると、一件一件、『なんの権利があってこれをやってんですか?』って電話してやろうかと思う、この俺の心の狭さみたいなのが出てくるんですよ(笑)」

さらに、以下のように語っていた。

「落語家時代にすごい好きだった『頭山』って話があって。未だに大好きなんですけどね。すごいケチで人付き合いもしないで一人寂しく暮らしているオッサンがいるんだけど、そのオッサンがさくらんぼをもらって食ってたんだけど、さくらんぼの種を出すのがもったいないって言って飲み込んでいたら、つむじのところから芽が出てきて、立派な桜の木になりました、と」

「それで桜の木が満開になるんだけどね。最初は芽が出てるんだけど、ケチだからせっかく出てきたものを摘もうって発想はないから、そのまま満開になったら、その頭の上にやたら花見客が来るようになって、うるさくてしょうがなくて、花見客がうるさいからって、木を引き抜いたら穴っぽこができて」

「池の周りにも人が集まって騒ぐから、スゲェ腹立って居ても立ってもいられなくなって、結果、そのつむじのところにできた池の中に飛び込んで死にました、っていう終わりの話なんだけど」

「この主人公の気持ちが明確にわかるようになったね(笑)桜が好きで、花見はしたいんだね。あと、友達とも仲良くしたいんだね。だけど、仲良くしたいっていうこととの交換条件にある煩わしさが、コイツは受け入れられないんだね。桜が見たいんだよ。だから、花見の列に加わりたいんだけど、孤独で完全にアレになっちゃうんだよね。アレになった上で、自殺してしまうっていうストーリーなんだろうね」

「俺も桜の道を歩きながら、楽しい宴会はしたいんだよね。したいんだけど、それと交換条件になってくる煩わしいものを受け入れるくらいだったら、いいやって自分ではすっぱり諦めてるつもりだけどね。だから、友達から花見の誘いがあっても行かないんだよね。それで『頭山ってこういうことなんだなぁ』って思って」

「古典落語のワケわかんないやつって、自分で『こういうことなんだ』って理解できると、やりたくなるね。俺の解釈の頭山を。ただ、落語家を辞めちゃってるからね、完全に(笑)」

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