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伊集院光・立川談志との対談「噺家を辞めた理由」

2011.11.23 (Wed)
1998年12月14日放送の「伊集院光 深夜の馬鹿力」にて、立川談志がゲスト出演していた。そこで、伊集院光(三遊亭楽大)が、どうして噺家を辞めたのかについて語っていた。

伊集院「今日のゲストは、立川流落語の家元、立川談志師匠です。よろしくお願いします」

立川談志「…」

伊集院「よろしくお願いします」

立川談志「…おう」

伊集院「は、はいっ…あのですね…伊集院光と申しまして、元々、三遊亭楽太郎(現在、円楽)のところで、落語を学んでおりまして、6年くらいでですね、限界を感じまして、リタイアして、現在、こちらに至るというワケなんですが」

立川談志「良かったわけ?こっちに来て」

伊集院「難しいところですが…時間が経ってからですが、もう少しトライすれば良かったってことがありますけ…」

立川談志「俺、今日の対談は、伊集院静さんだと思ってたんだけどな」

伊集院「あ、あぁ…作家の」

立川談志「まぁ、それは良いんだけど」

伊集院「あ、はい…。僕の方の一方的な思いで言うと、最初のウチは、誰でも天狗で入ってくるじゃないですか」

立川談志「はい」

伊集院「僕自身も、それこそ談志師匠の落語とか長いものを聞いても、『もう何十年かすれば、俺もこうなる』って勝手に思ってるところがあって…それで6年修行した結果、ある程度、慢心しているところを楽太郎も見抜いたと思うんですよ。それで、談志師匠の雛鍔(ひなつば)のテープを聴かせていただいて」

立川談志「うん」

伊集院「スゴイ若い頃の。そんときに雛鍔って話は、スゴイ簡単な話だって思い込んでたのが、談志師匠の雛鍔が全然違ってて。それで、ちょっとノイローゼっぽくなって、そこで越えれば良い壁だったんですけど越えられずに、終わってしまったというか…」

立川談志「うん…どうも聞いててウソくせぇなぁ」

伊集院「いや、ホントなんですよ」

立川談志「辞めるきっかけを待ってる気がするな」

伊集院「そうですね、色んな事があっての上で、ではあるんですが。でも、スゴイ衝撃を受けたのは確かで」

立川談志「うん…それほどの話じゃねぇけどな、雛鍔なんてのは」

伊集院「でも、雛鍔っていわゆるオウム返しだから、落語の基本だと思ってたのが、談志師匠の落語の中では、『職人の倅(せがれ)と、屋敷の倅はなんで違うんだろうか?』っていう、職人の中に疑問がよぎるっていうのが、僕なりには感じて。それが、僕の中には全く頭の中に入ってなくて。前座話っていうのは、そういうのないと思ってたんですよ」

立川談志「いや、そんなことはない。前座話に一番、それがあるんだよ」

伊集院「はい…それをすごい勘違いして、与太郎っていうのは面白ければ良いと思ってたし、オウム返しっていうのは、教わったことを間違ってやることが滑稽ならば良いって思ってたのが、僕はそれを上手い思ってたんですよ。自分の中で。それは、ウケがそれなりに鳴りがあるから、体がデカイから笑う、っていうのが分からないで、いい気になってたんですけど、そこをガーンっていかれて」

立川談志「…」

伊集院「今となれば、そこをもう一努力して越えたら何が出来たのかっていうのがあるんですけど…」

立川談志「努力しなけりゃ良かったんだよ」

伊集院「努力しなければ良かったですか?」

立川談志「うん」

ここで、対談の模様は一時中断する。そこで、伊集院光は続きについて語っていた。

伊集院「そのあと、ずっとそういうペースで、まぁ今聞いてくれてたような、和やかな(笑)テレビのごきげんようみたいな良い感じのトークのキャッチボールが続いて、その間もずっと良いことを言ってくれてるんですよ。言ってくれてるんですけど、あまりに落語家として、落語家を辞めた芸人として、僕のパーソナルなことで、専門用語が出てるけど、『それはどういう意味ですか?』とか入れられてないんですよ」

「延々と、30分間くらいコアな話をしてて。興味あるだろうことを、抜粋で言うと…ただ太ってて、人が笑うということと、それから落語の芸をずっと精進して、芸で笑わせるということに、実際は、芸の方が凄くて太っていることが凄くないということではない、と」

「要は、笑うか笑わないかというだけのことなんだから、見栄を捨てて、太っているということをもっともっと武器にできず、ありもしない才能の芸の努力に目がいった、お前が間違っていて、本来ならば、太っていることが才能ならば、その上に努力があるべきだって話をしてもらって」

「この後、マジで『はい…はい…は、はい…』っていう(笑)19歳の頃の、交通保護観察センターの教官との僕の会話(笑)もう、そのまま…意外な過去(笑)。そういう感じになってるワケですよ」と語っていた。



なお、伊集院光は後に、エッセイ集「のはなし」の"「好きな理由」の話"の中で、立川談志が語ったことについて補足している。

伊集院光「僕は落語家になって6年目のある日、若き日の談志師匠のやった『ひなつば』のテープを聞いてショックを受けたんです。『芝浜』や『死神』ならいざ知らず、その時自分がやっている落語と、同じ年代の頃に談志師匠がやった落語のクオリティーの差に、もうどうしようもないほどの衝撃を受けたんです。決して埋まらないであろう差がわかったんです。そしてしばらしくして落語を辞めました」

立川談志「うまい理屈が見つかったじゃねぇか」

伊集院光「本当です!」

立川談志「本当だろうよ。本当だろうけど、本当の本当は違うね。まず最初にその時お前さんは落語が辞めたかったんだよ。『飽きちゃった』とか『自分に実力がないことに本能的に気づいちゃった』か、簡単な理由でね。もっといや『なんだかわからないけどただ辞めたかった』んダネ。
 けど人間なんてものは、今までやってきたことをただ理由なく辞めるなんざ、格好悪くて出来ないもんなんだ。そしたらそこに渡りに船で俺の噺があった。『名人談志の落語にショックを受けて』辞めるなら、自分にも余所にも理屈つくってなわけだ。本当の本当のところは、『嫌ンなるのに理屈なんざねェ』わな」

図星だった。もちろん『ショックを受けてやめた』ことは本当だし、嘘をついたり言い訳をしたつもりなどなかったが、自分でも今の今まで気がつかなかった本当のところはそんなところかもしれないと思った。10年もの間、いの一番に自分がだまされていたのだから、完全には飲み込めていないけれど。

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