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伊集院光、田中泯とトークで分かり合えたと思いきやいきなり「シャッターを降ろされた」と明かす「私は学生を身分と認めてない」

2017.09.19 (Tue)
2017年9月18日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『伊集院光 深夜の馬鹿力』(毎週月 25:00-27:00)にて、お笑い芸人・伊集院光が、ダンサー・田中泯とトークで分かり合えたと思いきや、いきなり「(心の)シャッターを降ろされた」と明かしていた。

伊集院光の今週末この映画を借りて観よう vol.1
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伊集院光:青臭い話だけど、文字が発明される前に、「喋り」ってどういうふうに機能してるのか、みたいなことが、ちょっと自分の中でテーマとしてあるから。

文章にしちゃうと、ニュアンス違っちゃうことと、徹底的に喋るっていうことの差みたいのがテーマにあるから。そうすると、「言葉が発明される前に、体の動きみたいなこととか、踊りみたいなことって、言葉以上の役割あるんじゃねぇか、みたいな話なんで…す…か…ね?」っていう(笑)

もう、避ける用意はすげぇできてますよ、こっちは(笑)「ウソですけ~れどぉ~」っていう(笑)用意できてっけど。それが、「その通り」みたいな話になって。「よかったぁ、これは俺のアイデアで喋ったやつですよ」っていう(笑)「これはまさしく僕の意見なんですけど」って感じで、話盛り上がって。俺なりに、田中泯さんっていう人と喋ることの面白さ、みたいな。楽しくて。

見て分かることを、喋るっていうことは、伝えやすくすることだけど、伝えやすくするってことは、ちょっと省いちゃうことがいっぱいあることだっていつも思ってるわけ。

でいて、そうすると、さらにこれを文字にするってことは、いっぱい省いちゃうわけ。色んな間とか、興奮とか、トーンとかもなくなるから、いっぱい省いちゃうって俺は思ってるんで。

そうするとじゃあ、踊る…「あの人は楽しそうに踊ってた」ってことで、言葉にしちゃう。「た~のしそうに踊ってたわ」っていうこととか、「楽しそうに、踊ってた」って言うことで、文字よりは強いと思ってるのね。そこには、大分、削ぎ落とされてるものとかがあるから。そのへんの話を、田中泯さんも乗ってきたし、面白かったし。

「そもそも、学生時代にどんな感じだったんですか?」って訊いたら、「私は学生を身分と認めていない」って(笑)…ああ、その面はあるにはあんのな(伊集院光、「肩書の言い方を気をつけて」というゲストは「基本、厄介なの」と語る)、みたいな(笑)危ないよ。シャッターがガラガラって閉まってくるから。その下に、ガッと手を入れて。「ウソですぅ~ここに書いてあんですよ、"学生"って」って。よかったぁ、安全靴履いてきて。安全靴挟み込めてよかった、みたいな(笑)


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タグ : 伊集院光,田中泯,

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