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爆笑問題・太田、『およげたいやきくん』作曲家の佐瀬寿一はデビュー曲で大ヒットを飛ばしたと知り驚く「次の日から外車」

2017.05.03 (Wed)
2017年5月2日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『爆笑問題カーボーイ』(毎週火 25:00-27:00)にて、お笑いコンビ・爆笑問題の太田光が、放送作家・高田文夫の著作『TOKYO芸能帖 1981年のビートたけし』を読み、その中で全くの無名だった作曲家・佐瀬寿一がデビュー曲『およげたいやきくん』で大ヒットを飛ばし、「次の日から外車で毛皮着て」という状態になったと明かしていた。

TOKYO芸能帖 1981年のビートたけし
TOKYO芸能帖 1981年のビートたけし

太田光:驚いたのが、『およげたいやきくん』ですよね。

田中裕二:俺ね、ホント知らなかったんだけど。

太田光:俺も知らなかったんだけど。高田先生のところに、居候みたいなのしてた、まだ全然売れてない、佐瀬寿一さんっていう人がいるんですけど。

田中裕二:うん。

太田光:この人が当時、『ひらけ!ポンキッキ』の立ち上げを高田先生がやってて。

田中裕二:うん、その立ち上げからいて。

太田光:ペギー葉山の。

田中裕二:そう。それで、2ヶ月間缶詰状態でやらされた、と。

太田光:『ひらけ!ポンキッキ』。その時に、歌のコーナーがあって。

田中裕二:うん。

太田光:居候してた佐瀬さんっていうのが、ピアノ弾き語りとかもやってる人で、器用だった、と。何も仕事がないから、連れてって。当時河田町のフジテレビに。「コイツに一曲、担当させてくれ」ってできたのが、『およげたいやきくん』だったっていうんだから。

田中裕二:そうなんだよ。ビックリなんだよね。

太田光:で、子門真人もみんな、事務所契約だったけど、その佐瀬さんっていうのは、当然、作曲契約だから、印税一人勝ち。

田中裕二:そうなのよ。

太田光:次の日から、外車乗って毛皮着て。

田中裕二:わかりやすい。

太田光:凄いんだからっていうのがあって。未だに親友みたいな感じなんだけど。その後も読んだ?

田中裕二:読んでます、読んでます。ここまででも、もちろんビックリなんだよ。

太田光:それで味をしめた佐瀬さんって人が、色々と企画モノのレコードを出すんですよ。

田中裕二:うん。

太田光:それが、畑中葉子の『後ろから前から』。

田中裕二:そうなんだよ。これが凄いんだよ。

太田光:そして、次の『もっと動いて』。これも佐瀬さんなんだよ。

田中裕二:はい。

太田光:で、調子に乗ってもう一個、『大きくなって、つくしんぼ』っていうのを作ったらしいんだけど、これは畑中葉子側から拒否されたっていう(笑)

田中裕二:NGが出た(笑)

太田光:お前、『もっと動いて』まで歌っといて、なんで『大きくなって、つくしんぼ』は拒否するんだっていう(笑)

田中裕二:あれは、俺も読んでてまったく意味が分かんなかったよ。「なんで、これはダメなんだよ。『もっと動いて』とか『後ろから前から』はいいのかよ?」っていう。

太田光:もう、最高ですよね(笑)

田中裕二:あれはいい話だったね(笑)

太田光:いい話だった。

田中裕二:その人、凄いんだよね。山口百恵とか。

太田光:『暑中お見舞い申し上げます』とか『赤い衝撃』も。

田中裕二:いっぱい書いてて。だから、その後、ヒットメーカーになって、ヒット曲を出すんだけど、最初のほぼデビューが『およげたいやきくん』なんですよ。それが、シングルレコード一位で、未だに破られてない、今後も破られないだろうって言われている。

太田光:それで、一人だけ儲かったっていう。

田中裕二:なぎら健壱さんのB面のも、買い取りだったっていうからね。

太田光:これは驚いたね。

田中裕二:あれは凄い話だよね。

太田光:凄いよね。


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タグ : 爆笑問題,太田光,高田文夫,

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