2008.03.23 (Sun)
板東英二の都市伝説−サイドビジネス
板東英二の特色の一つとして、サイドビジネスがある。中日入団時から現役引退後を見据え、現役時代から開始していた。まずは19歳で牛乳屋を買収し、オフシーズンにはジュークボックスを売り歩いていたという。
当時、月収10万円(現在の100万円程度)だったが、ジュークボックスを1つ売ると17〜18万円になったのだという。野球選手としての年俸を軽く超えていた。だが、海岸沿いの温泉地などで売っていたので、潮風ですぐに故障し、クレームが多かった、と明かした。ところが、当時はラジオ放送が主流であったため、「あの板東が売っていた、とは思われなかったため、助かった」と話していた。
26歳の時には、大阪・西天満にビル(通称・板東ビル)を所有し、ナイトクラブ、サウナ店、割烹を取り仕切っていた。これらの店の準備を終えてから、練習や試合に向かう、という生活だった。
このことは当然、コーチたちも知っていたようで、「サイドビジネスを辞めろ」と言われたが、「それなら、オレの生活を一生保障してくれるのか?」と反論したところ、その年でクビになってしまった、とのこと。
やりすぎコージー トーク集
トップページへ
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
| BLOGTOP |







