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明石家さんま、『ヤングタウン』という名前を残したくてラジオ番組を続けてきたと明かす「終わらしたらアカンやろ」

2017.01.02 (Mon)
2017年1月1日放送のMBS放送のラジオ番組『開局65周年企画ラジオ番組 ラジオ65人のなかま』にて、明石家さんまが、同局の番組『ヤングタウン』という名前を残したくて、東京進出にともなって一度降板するも、再開してそのまま続けているのだと明かしていた。

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明石家さんま:深夜になって、ラジオを聴きながら、勉強してるふりをして、ラーメンを食べるっていうのが、凄い楽しみだったんですね。

伊東正治:うん、うん。

明石家さんま:こたつで勉強するのが。それがずっと続いて。『ヤングタウン』っていうのは、やっぱり思い入れがあって。21歳か、22歳の時に土曜日入れていただいて。「俺は、この『ヤングタウン』に出れるような人間になったんだ」って思って。

伊東正治:うん。

明石家さんま:それで、26くらいの時に、東京に行くから。ヤングタウンを辞めて、という。

伊東正治:さんまさんは、82年から『ヤングタウン月曜日』をやって、83年、僕が入った、大津(びわ子)さんとケンちゃん(長江健次)がいて。

明石家さんま:はい。

伊東正治:89年の9月まではおやりになったんですね、一回。

明石家さんま:はい、はい。

伊東正治:そこで、ケンちゃんにバトンタッチした。

明石家さんま:それは本当に、桂文枝さんがね、「俺もそろそろアレやから、さんま、バトンタッチするわ」って言って、バトンを受け取って、「頑張ります、ヤンタン、続けます」って言ってやって。長江にバトン渡したら、アイツ、バトンを落としよったんです。

伊東正治:ふふ(笑)

明石家さんま:それで、「ヤンタン、終わりました」って聞いて。「待てよ、お前」言うて。「アレ、終わらしたらアカンやろ」っていうので、今日現在に至ってるんです(笑)

伊東正治:そっからね(笑)

明石家さんま:そっから(笑)

伊東正治:僕も89年12月で一回、辞めて僕、ロンドンに。BBCに行ったんですよ。

明石家さんま:そう、そう。

伊東正治:89年の12月に行って、僕は91年に帰ってきたときに、『ヤンタン』やってらっしゃらなかったんですよ。僕、知らなかったんです、だから、やめたっていうのを。

明石家さんま:ああ。

伊東正治:帰ってきたら、「あれ?変わってる」って思ったんです。

明石家さんま:ああ、マー坊は知らなかったのか。

伊東正治:僕はいない間に、ケンちゃんに変わってたんです。バトンを落としたところは見てないだけ(笑)

明石家さんま:ふふ(笑)

伊東正治:でも、「アカン」と思って、戻ってきて、『ヤンタン』をずっとそこから続けて。

明石家さんま:物凄い寂しかった。『ヤングタウン』って、毎日放送さんも「なくす」と。名前を。

伊東正治:うん。

明石家さんま:「待ってくれ」と。このヤングタウンというね、我々が小さい頃育って、芸能人を何人もこっから巣立っていって、こよなく愛する人が、たくさん知ってる『ヤングタウン』っていうタイトルだけは、どうしても残したくて。

伊東正治:うん。

明石家さんま:なんか、自分の生きてきた…要するに、洋服みたいなもんなんで。それをなくすって毎日放送さんが言った時、寂しかった。

伊東正治:「じゃあ、戻る」と?

明石家さんま:そう、そう(笑)

伊東正治:そんな仕事って、長い芸能生活だけど、そうないでしょ?何かが番組終わるからって、それを終わらないようにするために、「俺がやる」って言ったことは。

明石家さんま:ああ、ないない。それはないですね。この『ヤングタウン』だけです。


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タグ : 明石家さんま,ヤングタウン,

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