2008.03.15 (Sat)
土田晃之さんの身内ネタ
中でも特に変わっていたのが彼の祖父。祖父は大のお酒好きで、酔っ払うとめちゃくちゃテンションが上がり、海のない埼玉に住んでいたにも関わらず、夜な夜な「軍艦が来たぞー!!」と叫んでいたのだとか。
土田さんはその都度「お爺ちゃん、海無いから!ここ埼玉だから!!」となだめに行っていたのだそうです。そんな過去の体験がお笑い芸人・土田晃之を作り上げたのでしょうね!
(土田晃之の下地を作った奇怪な身内!?)
2008年03月13日放送の「ダウンタウンDX」にて、土田さんが小学校に通う子供たちの運動会のため、絵を書いたという話をしていた。奥さんが画用紙とその上に、ポストイットで「3日後」とだけ書いて置いておいたという。
翌日、「何なの、これ?」と土田さんが訊くと、「3日後の運動会で、保護者の絵を飾る」と説明されたという。実は、上記の「365日24時間酒を呑み続ける」でお馴染みだという土田さんの祖父は、絵描きだったという。そのため、土田さん自身も絵心がある、と話していた。
そのため、子供たちに「どんな絵が良い?」と訊くと、ケロロ軍曹とプリキュアのキャラクターを描いて欲しい、と言われた。そこで、土田さんはロケを早めに切り上げてまで絵を描いたのだという。
当の絵は、やはり自画自賛するだけあって、かなり上手い。構図や色遣いも、かなりのセンスの良さを見せていた。
上記のニュースにあるように、こうした「身内ネタ」が土田さんの口から話される。子供たちや奥さん(4人の子供がおり、子だくさんネタ)は元より、親交の深い同じ事務所の有吉弘行さんやダチョウ倶楽部ネタが多い。
特にダチョウ倶楽部に関しては、ネタの宝庫だと語っていた。だが、そのネタを上手く話せる能力をダチョウ倶楽部自身が誰も持っていないため、代わりに話しているのだ、とのこと。
ちなみに、土田さんは番組などでメインを張ることは少ないが、自らを「雛壇芸人」と称するように、密かに活躍している位置にいる。上記ではトークなどの源流を祖父にある、と考えているようだが、「アメトーク」では「今田耕司さん、東野幸治さんの番組中でのコメントを全部メモして、それらを自分流にアレンジしながら使っていた」と語っている。
話を振られた際、どのように返したらいいのか、といったことは、「雛壇芸人」を研究し、修練して初めて培ったものなのではないか、と思われる。
爆笑問題の検索ちゃん トーク集
土田晃之に、メアドを教えてしまったことを後悔した有吉
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