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伊集院光「落語家時代に救ってくれた野球選手」

2011.01.19 (Wed)
2011年01月17日放送の「伊集院光 深夜の馬鹿力」にて、伊集院光が落語家時代に落ち込んでいて、その時に奮起させてくれた野球選手について語っていた。

「僕が小学校1年生くらいの時に日本ハムファイターズというプロ野球チームができましてね。そのチームがすごい好きで、ずっと応援してて」

「僕がファンになったときは6位だったんですけど、1年で1位ずつぐらい順位を上げていって、僕が中2くらいで初優勝するわけですよ。球団創設以来、初めての優勝となるわけです。その前、チームの前身である東映フライヤーズでは1回優勝してるんですけどね」

「久しぶりの優勝をするわけですよ。その年、ジャイアンツと日本シリーズであたるんですけど、ジャイアンツに負ける。日ハム2勝、ジャイアンツ4勝で、その2勝をあげたのが工藤幹夫ってピッチャーで、サイドハンドのピッチャーなんですよ」

「このピッチャーね、そのシーズンすごい良いピッチングをしてるんですけど、全然勝てなくて、2勝くらいしか勝ててないんだけど、日本シリーズで2勝してるんですよ。すごいのは、0勝7敗の時点で防御率トップ。味方の援護が無くて全然勝てない不運のピッチャーだったんだけど、そこから全ての運が逆転したかのように、彼が中継ぎした時だけ日ハムが逆転するという現象が起こったんですよね」

「そこでツキの波と実力の開花があって、僕が中3のときのシーズンでは、工藤は20勝3敗なんですよ。その年のピッチャーとしてのタイトルは、ほぼ総なめにするんですよ。ところが、その運の波が一気に止まるのが次の年の中盤で、肩を壊して終わりなんです。プロ野球人生が終わったんです」

「その最初の2勝、次の年の20勝、さらに次の年の8勝くらいでプロ野球人生終わっちゃったんです。その2年後くらいにはプロ野球名鑑から名前を消されていて、背番号15番、工藤幹夫の名前は無かったんですね」

「だけど俺が20歳くらいになって、もう僕は落語家の仕事を始めてたんですけど、もうなんか色んなことがイヤになっちゃって、いつものサボリ癖、怠け癖が出ちゃって、もう辞めようかなって思ってたんです。本来は鞄持ちとかやってなくちゃいけないのに、稽古もサボって、多摩川の土手で日ハムの二軍の試合を見に行こうって思ったんです」

さらに、以下のように語っていた。

「そうしたら、内野でフライを受けている選手がいたんですけど、その背番号が90だったんです。『そんな背番号の内野手、いないだろう』って思ってたんですけど、顔を見たら工藤だったんです。もう二年ぐらい前から選手登録の無かったはずの工藤が、背番号90になって、内野でずっと練習しているんです」

「それで、横にいた知らないオッサンに訊いたら、『工藤は練習生として戻ってきたらしいよ』って言われて。覚えてるのは、そのときの日ハムのユニフォームがオレンジ色で、多摩川の夕焼けがオレンジ色だったんです」

「それを見て、『俺は何をやってんだ?』って思ったんです。20勝した工藤は、こうやってまだ頑張っている。それなのに、俺はまだ成し遂げてないのに、何も頑張ってないって思って、もう少し落語家を続けてみよう、って思ったんです」

「でも、その後に工藤はプロ野球に関わってこなくて、スカウトにもコーチにもなってないんです。それで、去年の終わりくらいに週刊ゲンダイを見ていたら、『あの人は今』みたいな特集で工藤が出ていて、秋田で『クドウスポーツ』ってスポーツ用品店をやってるって書いてあって」

「それで、青森から秋田に向かって行ったんですよ。特急で2時間くらいだって調べたら書いてあったんですけど、大雪で運休だと。でも、その時点で秋田の東横インを予約しちゃってるから、どうにか秋田に行かなくちゃってことになって、鈍行ですよ。何でもない鈍行で3時間半くらいで行ったんです」

「それで次の日の朝にクドウスポーツに向かって行ったんです。でも、本当に工藤さんがやってるのか分からないからね。でも、行ってお店がやってなかったりとか、空振りしてもラジオで話せれば良いかなって思って。ラジオをやってて良かったなって思うのは、この唇だけ残ってれば何とかなるなってことだね」

「それでクドウスポーツに行こうと思って。大雪だったら止めようと思ったけど、晴れてるんですよ。歩き始めた途端に雪が降ってきて。20分くらい歩いたらクドウスポーツがあって、中を見ていたら女性の店員さんが『なんですか?…テレビ出てる人じゃないですか?』って言われて」

「『実はあの…工藤選手の大ファンで、週刊ゲンダイを見て来たんです』って言ったら、あいにく外出してるって言われてね。だけど、偶然工藤さんが忘れ物をしたってことで戻ってきて」

「今までの思い出話を話していたら、工藤さんが『でも、僕が諦められなくて内野の練習をしてたのは2ヶ月だけで、多分ノックを受けてたのは10日もない。その時に会ったんだな』って言われたんですよ」と語っていた。

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