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爆笑問題・太田、死を覚悟した芸人仲間に移植手術の希望を与えてくれたトリオ・ジャパン荒波嘉男との出会いを語る

2016.03.17 (Thu)
2016年3月15日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『爆笑問題カーボーイ』(毎週火 25:00-27:00)にて、お笑いコンビ・爆笑問題の太田光が、肝硬変で死を覚悟していたという同期芸人であるキリングセンス・萩原正人ついて語っていた。

担当医からも「B型肝炎であるから、移植は適応外」と言われていたが、太田がトリオ・ジャパンについて調べ、荒波嘉男 代表にコンタクトをとったところ、移植可能であることを教えてもらえたのだという。

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太田光:この前、先々週くらいかな。『爆報!THE フライデー』で…

田中裕二:ああ、2時間スペシャルがありまして。

太田光:2時間スペシャルやって、ウチの萩原(正人)の移植のことを…

田中裕二:はい、やりました。

太田光:やって、観て頂いた方も多いんですけど。

田中裕二:うん。

太田光:その萩原っていうのは、本当に死に損ないっていうね。腐れ芸人なんですけど。

田中裕二:「腐れ芸人」は余計でしょ(笑)

太田光:20年以上前に、血を大量に吐きましてね。

田中裕二:うん。

太田光:それを私は全身に浴びましたけども。

田中裕二:いやいや、お前に吐いてない(笑)その時はいなかった。家で吐いたの。

太田光:家で吐いて、病院に担ぎ込まれて。そしたら、もう意識なくて。(食道)静脈瘤だっけ?破裂して。

田中裕二:肝臓が悪くてね。

太田光:それで、「もう助かりません」ってことで。そっから意識を取り戻して。観ていただいた方は分かりますけど、「お前、移植はどうなんだ?」って言ったら、当時、B型肝炎だったんですね、彼は。

田中裕二:うん。

太田光:醜い顔をしてですね…

田中裕二:顔はいいでしょ、別に。

太田光:とにかく汚い顔をした男なんですよ。ネタもつまんなくてですね。

田中裕二:そんなことはいいでしょ、別に。

太田光:移植は、B型肝炎があると、免疫抑制剤を使うことができなくて。移植ができる適応外になってしまうんですね。「移植ができる範囲に入ってないんですよ」って萩原が言ったんですよ。

田中裕二:うん。

太田光:それで、アイツはバカだってことを知ってましたから。「ホントか?」って言って、ネットで調べたら…僕の大好きなネットですけどね。ネット民ですから、僕は。

田中裕二:元祖ネット民ですよ、よく考えたら。20年近く前ですから。

太田光:色んな人を炎上させてますから。

田中裕二:ふふ(笑)

太田光:それで、色々調べたらですね、一発で出て来て。「トリオ・ジャパン」って団体が、最初に出てきて。

田中裕二:うん。

太田光:そこに代表 荒波(嘉男)さんって書いてあって。電話番号が書いてあって。

田中裕二:うん。

太田光:それで、僕は当時、携帯を持ってないですから。

田中裕二:今も持ってないですよ(笑)

太田光:それで、テレビ局の公衆電話から電話して。「実は30代の男性で、B型肝炎で、肝硬変末期で。移植というようなことっていうのは、無理なんですかね?」って言ったら、「いや、できます」って。

田中裕二:うん。

太田光:「え?できるんですか?」「でも、医者からはB型肝炎の人は無理って言われてるんですけど…」って言ったら、「それは、ちょっと古い情報なんですよ」って。

田中裕二:うん。

太田光:「本当に半年かそれくらいで、ラミブジンって薬ができまして。これは、元々はエイズ研究の中で作られた薬で、これがB型肝炎ウィルスを抑制するっていう効果があることが分かりまして、今はB型肝炎でも適応の範囲内になったんです」と。

田中裕二:うん。

太田光:「それを本人に教えてあげてください」と言われて、「ああ、そうですか」と。

田中裕二:うん。

太田光:「たとえば、移植の場合、どういうパターンがありますか?」って訊いて。色々訊いたんですよ。僕はまず、それを萩にとにかく伝えて。「お前な、ふざけんな、バカ!死ね、お前は」って言って。

田中裕二:うん(笑)…どういうこと?どっちなんだって(笑)言ってることが支離滅裂になっちゃってる(笑)

太田光:「できるんだよ」ってことで。ただ、移植って一口に言っても色々あって。皆さん、よくネットや街で募金を見かけると思うんですけど、大抵、子供です。

田中裕二:うん。

太田光:子供の写真で、可哀想だなってことでみんな募金してくれるんですけど、あの汚い男に…

田中裕二:「汚い」は関係ないけどもね。

太田光:なかなか募金やるって言ったって…

田中裕二:うん。

太田光:僕はね、何度も萩原が入院している間に、何十回ですかね、トリオ・ジャパンってところに連絡して、「今、こういう状況です」って話をして。

田中裕二:うん。

太田光:「移植のパターンとしては、どうでしょうか?」って。それで、荒波さんが毎回出るんですよ、代表が。

田中裕二:うん。

太田光:それで、本当に親切に教えてくれるんです。「たとえば、ヨーロッパでは、この点が有利ですけども…」とか。当時の知識で、今はどうなってるか知りませんけどね。

田中裕二:もう、10数年前の話ね。

太田光:ヨーロッパだと、自国の国民が優先される。それは当然のことですよ。

田中裕二:うん。

太田光:やっぱり、一番合理的なのはアメリカで。アメリカっていうのは、そういうネットワークができてまして、全州から情報が一ヶ所に入ってきて。

田中裕二:ああ、入ってくるんだ。

太田光:それで、誰かが脳死状態になった場合、ドナーになる。それで、ドナーも当時の日本みたくドナーカードがなくても、家族の承諾でできるし、それがネットワークで一括されてるんです、と。

田中裕二:うん。

太田光:しかもアメリカの場合、移民の国だから。

田中裕二:はい。

太田光:人種・国籍関係なく、危険な人からどんどん繰り上がっていくんです、と。

田中裕二:危ない人から。それは凄いね。

太田光:変な気持ちですよ。悪化するのを待つ、ぐらいの。

田中裕二:状態が悪い人の方が、移植の順番がどんどん繰り上がって行くってことね。

太田光:そういうことまで教えてくれて。「萩、もしかしてアメリカかもしれない」って。アイツは一応退院してね。「一回、トリオ・ジャパンのところに行って、話を聞こう」って。萩を連れて、ウチの社長と3人で行ったんです。

田中裕二:うん。

太田光:トリオ・ジャパンって、日本で一発目にYahoo! Japanで出てくるところで。日本の移植の最先端ですよ。日本国内で移植を待ってる人たちの、唯一の望みみたいなところですよ。

田中裕二:うん、命を繋いでるところね。

太田光:当然、ビルのオフィスの綺麗なところで。国境なき医師団って、そういう事務所だったじゃないですか。ああいうイメージで行ったんです。そしたら、汚ぇ、巣鴨かどっかの、プレハブのボロ屋みたいなところなんですよ。

田中裕二:うん(笑)

太田光:「…ここかな」って言ったら、ホコリだらけの傾いた看板で。

田中裕二:それはさ、イメージでしょ(笑)傾いてないでしょ(笑)

太田光:「…ここか?」って。そこに行ったら、小さな設計事務所なんです。

田中裕二:ああ。

太田光:当時、NPOなんて言葉なくて。

田中裕二:一部、あったかもしれないけど。ほとんど知らない頃ね。

太田光:ボランティアなんです。設計事務所で、デスクは2つくらいしかないんです。「あの…ここ、トリオ・ジャパンですか?」って言ったら、汚ぇオヤジが出てきて。「ああ、私が代表の荒波ですけども」って言うんですよ。

田中裕二:うん。

太田光:「ああ!荒波さんですか?僕、電話してた太田と申します」って言ったら、「ああ!」って。見たら、奥さんと荒波さんの2人がいて。狭いどうしようもないボロ雑巾みたいな事務所で。電話を一台、トリオ・ジャパン用に置いて、あとは仕事してるんですよ。

田中裕二:うん。

太田光:「え?ここがトリオ・ジャパンなんですか?」って。「ええ、ここでやってます。どうぞ、お掛けください」って、汚ぇソファで。

田中裕二:「汚い」を付けなくてよろしい(笑)

太田光:ソファが、バネが出てるようなソファに座らされて。

田中裕二:漫画じゃねぇかよ(笑)

太田光:「本当に、いつも電話で…」って言ったら、「あれ?太田さんって…爆笑問題の太田さんですか?」って言われて。「そうなんですよ。それで、こっちが萩原で」って。

田中裕二:うん。

太田光:「ああ、そうですか」って。それで、色々聞いたんですよ、その場で。そしたら、色んな写真を見せてくれて。「ウチから、外国に渡った子供たちの写真見ます?」って言われて。

田中裕二:うん。

太田光:アルバムがいっぱいあるんですよ。今まで助けてきた。

田中裕二:移植の手術をね。

太田光:それがね、「これ、日本で入院してた時の彼女です。それで、向こうに渡った時の彼女です」って見せてくれて。日本では、パジャマ着て病室でベッドの上で顔色も悪いんですよ。肝臓とか…

田中裕二:うん。

太田光:そしたらさ、向こうの写真見たら、芝生の燦々と陽が降り注ぐ芝生の上で、ボール遊びしてんの。「なんですか?これ」って言ったら、「移植するっていうのは、こういうことなんです」と。

田中裕二:うん。

太田光:要は、アメリカに行って移植するってことは、こういうことなんです、と。「これ見てください。向こうに行って、最初に出てくる食事です」って、それがステーキなんですよ。丸々とした、360 gくらいのステーキと、パンとコーラなんですよ。それを子供が喜んで食ってんだよ。

田中裕二:うん。手術した後の最初の食事?

太田光:手術する前の食事。渡って、最初の食事。

田中裕二:食えるのかって話だよね(笑)

太田光:食えないよ、そんなもん。それで、日本だと肝臓や腎臓が悪くなってるから、悪くなるのを遅らせるために病院食になるけど、移植するとなったら、向こうの考えでは違うんです。「こんなもん、どんどん使っちゃえ」って考えなんです。

田中裕二:もう悪いんだから。

太田光:「どうせ移植するんだから、むしろ体力をつけることの方を優先するんです」と。だから、外でどんどん遊べ、メシもどんどん肉を食え、なんですよ。

田中裕二:うん。

太田光:その2つの写真を見比べたら、子供の表情が全然違うんです。

田中裕二:違うんだね。

太田光:明るい表情になってて。「萩、これどうだ?凄い希望を持てるよね」って。そっから「ぜひお願いします」ってことで、萩の移植までの活動が始まるわけです。

田中裕二:募金もやってね。

太田光:『爆報』でも喋ったかな。もう、向こうに渡って10ヶ月以上経ったかな。ずっと待ってるんですよ。それで、アイツがまたさ、俺が成田に見送りに行けなかった時に、マネージャーに俺の腕時計を渡したんです。

田中裕二:うん。

太田光:要は、今もしてる腕時計なんですけど。それは、『日本原論』を最初に書いた時に、宝島社で出版したんですけど。宝島社の社長がね、「こんなもん売れるもんじゃねぇじゃねぇか!」って。

田中裕二:そんな怒ってないと思うよ(笑)

太田光:「こんなお笑いの本、売れたためしがない。売れたら逆立ちしてやるよ」くらいの感じで。蓮見さんが言ったの。

田中裕二:うん。

太田光:俺も、売れるか売れないか。俺も、処女だったから。

田中裕二:処女作ね(笑)

太田光:マドンナと肩を組んで「ライク・ア・ヴァージン」って歌ってたから。

田中裕二:そんなヤツの本なら売れるよ(笑)マドンナと肩を組んで歌うくらいのヤツだったら(笑)

太田光:ところが、10万部も1週間で突破したんですよ。それで、宝島社では、10万部超えた本には、社長賞がつくんですよ。それで、その授賞式に行って、宝島社の社長に「あの時は、あんなこと言って本当に申し訳なかった」って。その時に記念でもらったのが、セイコーの時計で、「10万部突破記念」って書いてある。

田中裕二:うん。

太田光:こっから、俺たち、仕事が来るようになったから。これはゲンがいいから、「これをお守りでもってけ」と。マネージャーに託したんですよ。そしたら、萩はバカだから、今まで自分でしてた時計を「これを太田さんに」って。「お前のその運の悪い腕時計を…俺を陥れるつもりか?」って。

田中裕二:そういうつもりはないと思うよ(笑)

太田光:受け取った瞬間に、すぐに外に捨てたんです。

田中裕二:捨てないよ(笑)

太田光:そんなゲンの悪い腕時計、いらねぇよって。野原に捨てたんですよ。

田中裕二:野原ってなんだよ(笑)どこにあんだよ(笑)

太田光:そっから1年近くで、「もうダメだろうな」って思って。腎臓もダメになりましたからね、アイツ。

田中裕二:そうなんだよね。

太田光:人工透析を向こうでしてて。そしたらある時、電話が家にかかってきて。萩が泣いてるんですよ。

田中裕二:うん。

太田光:「これで最期です、太田さん。本当にお世話になりました。もうダメです…」って言うわけ。その時、綺麗な月が出てたんですよ。あの月は忘れないですね。なんでその月を覚えてるかっていうと、ウチの屋上にいたんですよ。

田中裕二:うん。

太田光:屋上で、カミさんに殴られてたんです(笑)

田中裕二:ちょっと待って。何なんですか?(笑)

太田光:何が原因か分からないけど、相当、怒られてたんですよ。

田中裕二:ええ(笑)

太田光:屋上で、果たし合いみたいな(笑)胸ぐらをつかまれてたりしてたんですよ(笑)それで、蹴り入れられたりしてて。そこに電話をかけてきやがって、アイツ泣きながら。

田中裕二:うん(笑)

太田光:「僕、もう死にます」とか言ってるから、「今、ちょっとそれどころじゃない」って(笑)

田中裕二:いやいや、向こうの方がそれどころじゃないなんだよ(笑)

太田光:「どうした?」って言うから、「もうダメです」って言うわけ。

田中裕二:うん。

太田光:それで、「これがもう、最期の電話だと思います」って言うわけ。「分かった、分かった。よく頑張ったな」って。

田中裕二:ちょっと待って(笑)最期のお別れかもしれないんだから。

太田光:こっちはそれどころじゃないから。

田中裕二:「萩がそれどころじゃないから」ってなるでしょ。

太田光:それで一応、落ち着いた頃に。2時間くらい経ってからですかね。また萩から電話ですよ。「あ、死んだのか」って思って。

田中裕二:ねぇ。

太田光:そしたら、普通に萩が「もしもし、萩です」って言うから、「え?なんだよ?」って言ったら、「さっきの話、なかったことにしてもらえますか?」って。「どういうこと?」って言ったら、「たった今、ドナーが見つかったんですよ!」って。

田中裕二:凄いよね。

太田光:「腎臓と肝臓の同時移植。これから行ってきま~す」「おいおい…」って。

田中裕二:凄いよね。

太田光:それで大成功して。日本人初ですよ。

田中裕二:日本人で初めてなんだよね。

太田光:腎臓・肝臓同時移植。それで移植して帰ってきたんですね。僕はその後も、荒波さんと何回かメールのやり取りをしてるんですよ。

田中裕二:うん。

太田光:何年か前、臓器移植法案が改正された時に、脳死判定がなかなか日本では難しいんですけど。『サンデー・ジャポン』で、そういうVTRを流した時に、荒波さんに観てもらおうと思って。

田中裕二:うん。

太田光:「この作り、どうですか?」っていうことで意見をもらったりとか。

田中裕二:うん。

太田光:『サンジャポ』のスタッフにも連絡してもらったりとか。そういう意味では、アドバイスをもらってたんですね。

田中裕二:うん。

次の記事に続く:
爆笑問題・太田、移植手術を必要とする患者を支え続けたトリオ・ジャパン荒波嘉男の偉業を語る「本当に素晴らしい人」


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