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歌ヘタ・オードリー若林の父親はフォークソング歌手だった

2010.06.20 (Sun)
2010年06月19日放送の「オードリーのANN」にて、めちゃイケの『歌ヘタ王座決定戦』でも不動のレギュラーを担っているオードリー・若林の父親は、実はフォークソングの歌手を一時期やっていたと明らかになった。

若林は「ウチのオヤジ(若林喬彦)が、ホームページを作っていたことがあるんですよね。個人のホームページですよ。若林喬彦の。トップページが凄いんです。自転車が趣味なんですけど、写真は三脚を立ててタイマーで自分が走っているところを撮るっていう画像なんですよ。スゴイぶれている、流線型のオヤジになっているワケです」

「上下真っ黒なアディダスのジャージを着ていて、疾走している写真なんです。スピード感が出ている写真ですよ。その画像のタイトルが下に出ていて、『黒豹』って書かれているんです。若林喬彦のホームページ、『黒豹』です。写真から、オヤジのインスピレーションでタイトルが付けられたんでしょうね」

「色んなプロフィールが書かれていて、掲示板もあって、書き込みはゼロです。見に来ている人も少ないですからね。一時期、オヤジは中国に住んでいて、婆ちゃんと二人で住んでいたんですよ。日本の友達とかに向けて、ホームページは作ってたのかな。それとも、ネットアイドルになろうとしていたのか」

「タイトルはいろいろあって、『午後のひととき』とか、『雄大な大地』とかあるんですよ。中国の楽器を持ったオヤジが、雄大な大地に立っている写真とかなんですよ。それで、『息子への一言』とかってタイトルもあるんです」

さらに、若林は以下のように語っていた。

「それをクリックすると、オヤジが中国の傘みたいなのを差しているんですよ。その画像に、俺への一言が書かれているんですよ。『就職しろ』って。傘を持って、睨みつけているんですよ。黒豹がね。そういう変わったオヤジなんですよ」

「…俺は、歌がヘタでしょ。でも、オヤジはバンドをやってたんですよね。大学のときにね。ラジオに出るくらいだったらしいのよ。色んなところに回っていて、大阪に行ったりしてたんだって。パートはギターボーカルなの。歌うのよ。上手いかどうかは知らないけど」

「アメリカのカントリーソングのコピーバンドをやっていて、結構、人を集める感じだったんだって。それで、『プロになりませんか?』ってお誘いもあったらしいのよね。それで、プロになったら、作詞作曲をやらなければいけないじゃない。それで、作詞をやってみようかと思ったんだって」

「今までは、コピーをやっていたから、作詞とかはなかったんだけど、いざ、やってみようかと思ったら、主張したいことが何も無かったんだって。それで、歌手になるのは止めたんだって」

「ギターも、いまだに弾くんですよ。土曜日も朝から弾いていて、曲も最新の曲なんです。エレカシとかもね。KinKi Kidsなんかも弾いてましたよ。それで、当時、高校生の時で『あんた、朝っぱらから、うるさいのよ!ギターとか弾いて』って言われて。KinKi Kidsとか歌うから、俺だと思われてたみたいなんだよね」

「それで、当時、ニルヴァーナとかが流行っていて、ボロボロのネルシャツとジーパンとバンズって格好をしてたの。俺もそういう格好をしていたんですけど、さらに髪を伸ばそうと思ったら、俺はクセっ毛だから、みうらじゅんみたいになっちゃって。止めたんですよ」

「ある日、気に入ってたネルシャツとジーパンとバンズが無くなってたの。無いな~って思ってたら、オヤジが自分の会社の新年会でそれを着て歌ってたの。そのVTRを観たんですよ。オヤジが、バンドを組んで歌ってましたよ。カートコバーンみたいな格好して、ウチのオヤジが『全部だきしめて』歌ってたんですよ」

「ごちゃごちゃしているんです。アンプラグドで、KinKi Kidsの『全部だきしめて』をグランジの格好をして歌ってたんですよね。結構、盛り上がってましたよ」と語っていた。

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タグ : オードリー,歌ヘタ王座決定戦,

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