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爆笑問題が語る「立川談志に出会った時の思い出」

2011.11.30 (Wed)
2011年11月29日放送の「爆笑問題カーボーイ」にて、亡くなった立川談志と初めて出会った時のことについて語っていた。

田中「最初に会った時…飲まされて。飲まされることは何となく、あることだろうとは思ってた。初めて会った日だったね。あの日、銀座のMIYAっていう薄暗いバーがあるわけですよ。談志師匠行きつけの。喪黒福造が居そうな、古い」

太田「…」

田中「怪しげな人たちがいっぱい居て、中にはミッキーカーチスさんが居たりして、色んな人たちが居る中で、初めて会った俺らに『おう、ちょっとここ座れ』って言って、目の前に座らされて」

太田「うん」

田中「周りでは大人たちが話をしてる。俺らは、当然、黙ってるんですよ」

太田「ワケ分かんないですから」

田中「言ってることの内容も、半分も理解できないような状態ですよ。それで、もちろん、恐縮しちゃって、黙ってて。そしたら、『つまんねぇのか?』って始まったんだよね」

太田「『話すことが無くて居るようだったら、帰る方が良いな』って言われて。だって、話せねぇじゃんって思ってて、『うわぁ、どうしよう』って思ってて」

田中「これ、怖ぇって思ったね(笑)」

太田「あん時は参ったな」

田中「あれは怖かったね」

太田「快楽亭ブラックさんがいて、『気にすることないよ』って」

田中「あの人があんだけ頼りがいがあったの、初めてだったね(笑)」

太田「優しいなぁって思ったな」

田中「こっちにずっと居てって思ったね」

太田「そりゃそうだよね」

田中「それで飲まされてな」

太田「ハイボール3杯ね」

田中「そう。人生であんだけゲロ吐いたのあのときだからね」

太田「あっという間に吐いたね」

田中「だって、銀座で吐いて、新井薬師でまだ吐いてたからね」

太田「師匠が帰っちゃったんだから、それでね」

田中「『ホントに飲めねぇんだな、悪かったな』って言って、帰っちゃって」

太田「ドン引きだよ」

田中「そう。『見送れ』って言われて。気持ち悪い中、階段登って『早く帰ってくれ…』って思いながらね」

太田「ふふっ(笑)」

田中「その後、タクシーを見送って。…太田さんは感動的な日だしね、『天下獲っちゃえ』って言われた日ね」

太田「我々が干されてた時期で」

田中「ちょっと出だしたところでね」

太田「もう一回仕事が出来るっていうところで、師匠がいち早く認めてくれたというか、『お前ら、面白い』って言ってくれたところですよね」

田中「うん」

太田「あれは、自分の人生の中でも、3本指に入るような日ですよ」

さらに、以下のように語っていた。
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伊集院光が語る「立川談志師匠の訃報に思うこと」

2011.11.29 (Tue)
2011年11月28日放送の「伊集院光 深夜の馬鹿力」にて、11月21日に声門癌(喉頭癌)で亡くなった立川談志の訃報について語っていた。

伊集院光「今週気付いたこと…というか、肝に銘じて置かなければいけないこと。談志師匠が亡くなる前から、俺は調子が悪い(笑)これを肝に銘じないと、おかしいことになるんです。談志師匠が亡くなる前から、もっと言えば大震災の前から、調子の良い日なんかないんです」

「そういう大きなことがあると、俺の得意技は、そのせいにして逃げるっていう(笑)蟻ん子と神様くらい差がある人が死んだって…誤解に恐れずに言いますけど、俺の人生にとは関係がないはずです。俺のテンションとも関係がないはずなんです」

「けど、憧れてたり尊敬してた人が亡くなったんだから、俺も楽しいことを考えつかなくなるよな、テンション下がるよな、とか、そういう後付けのヤツで、今まで下がってたテンションみたいなのまで乗っけて、『俺って、人っぽい。俺って、すごいセンチメンタル』みたいな。『俺って、繊細で傷つきやすい』みたいなね」

「『神様・談志のことが分かってる』みたいにしていくのが、一番ダメだっていうのを、そういう風にしてることなんて、世の中の頭の良い人は見抜いてるからね、っていうことをこの番組で談志師匠に指摘されてたはずだから」

「落語なんか面白くないと思ったし、落語なんかもう辞めたいと思ったし、落語が自分の手に余るし、自分には才能がないことを全部分かってたのに、全部押し込めて我慢してたのを、『談志師匠の落語を聞いて自身が無くなった』みたいなことに上手く乗っけて、落語を辞めた、みたいなのをまんまと『そうだろ?』って言われたのが、立川談志の言葉なわけだから。そこをね、勘違いすると、変なことにスゴイなるんですよね」

「だから、むしろ俺は談志師匠が亡くなったことで、明るくなってやろう、くらいのことを思ってますよ。その考え方でいくと、お悔やみの言葉も、何、お悔やみの言葉とか。…お悔やみの言葉は、たけしさんとか、三枝師匠とか、太田さんとか近い人が言えばいいことですよ」

「迷惑掛かってるのはこっちだからね。もう、生で落語聞けなくなったりするのは。だから、談志師匠が亡くなったお悔やみの言葉は、俺に言えよって(笑)『伊集院さん、生で談志が聞けなくなって可哀想ですね』っていうことですよ。もっと行けば良かったって悔やむのは、こっちのことですよ。談志師匠を悔やむってことじゃないですよね。『もっと聞けば良かった、もう聞けないんだ』ってことですよね」

さらに、以下のように語っていた。
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爆笑問題・太田が語る「落語家・立川談志の訃報」

2011.11.27 (Sun)
2011年11月27日放送の「爆笑問題の日曜サンデー」にて、11月21日に声門癌(喉頭癌)で亡くなった立川談志の訃報について語っていた。

田中「談志師匠が月曜日に亡くなったんですね。我々が知ったのは、水曜日の午後ぐらいに、マスコミが一斉に」

太田「…」

田中「ビックリしたわけですけども。この番組にも来ていただいて」

太田「あぁ…」

田中「我々も10何年前に初めてお会いしてから、相当お世話になり、可愛がっていただきましたけど」

太田「蝮さん(毒蝮三太夫)に、『談志師匠はもうヤバイぞ』って言われて、覚悟はしてたんだけどね。もうそろそろかなって思ってたけど、それにしても突然だったのと、その後、僕は2日間くらい仕事無かったんで、ずっと家でワイドショー観ていて」

田中「うん」

太田「立川談志はスゴイのっていうのは、分かってましたけど、ここまで世の中が、こんなにも騒ぐんだっていうのは、不思議でしたね、とっても」

田中「うん」

太田「我々や伊集院はそうだと思うんだけど、『立川談志はこんなにスゴイのに、なんで世の中は分からない?』って思ってたから」

田中「うん」

太田「死んだとなると、こんなに『スゴイでした。風雲児でした、破天荒でした。惜しい人を亡くしました』って言い出して。まぁ、騒がなければ騒がないで、我々はムカつくんだけど、死んだとなると、こんなにお祭り騒ぎになるのかっていうのは、なんとなく皮肉ではあるし、不思議だと思ったね」

田中「うん」

太田「落語界にとって、志ん朝師匠が亡くなってもこんなに騒がなかったし、小さん師匠が亡くなっても、こんなにならなかった。そうすると、『落語だけじゃないんだ、この人は』っていうものを凄く感じたのと、やっぱりテレビなのかなって思ったけど、先代の円楽師匠が亡くなったときも、ここまではならない」

田中「逆に言うと、ここのところ、そんなにはテレビ出てないしね。若い人は、『なんか偏屈なオジサン』くらいかもね。俺らの世代でも、ともすればそうだしね。笑点を始めた頃なんかも知らないくらいだからね」

太田「笑点作った人だし。11PMもそうだってね」

田中「そうみたいですね」

太田「…『今夜は二人で』って番組を談志師匠と二人でやってて。それは元々、『談志・円鏡 歌謡合戦』っていうのがニッポン放送であって、それをもう一回、イリュージョンって世界で、もう一回やりたいって言って始まったんですよ」

田中「うん」

太田「『俺はちょっと出来ないですよ』って言ったんだけど、『お前とやりたい』って言っていただいて。毎週楽しみでしたね」

田中「貴重ですよ」

さらに、以下のように語っていた。
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バナナマン・設楽「バナナマン結成当日にした日村の宣言」

2011.11.27 (Sun)
2011年11月25日放送の「バナナマンのバナナムーンGOLD」にて、バナナマン結成当日に、相方・日村勇紀がした奇行とも言えるべき宣言について語っていた。

wikipediaにも記載されている"結成の夜、設楽の家に泊まることになった日村は、一度消えた部屋のあかりを再びつけ、何を言い出すのかと思いきや、「オレたち、これから凄いことになるぜ」と、真顔で話し、設楽は突然の告白に戸惑いを隠せなかったという。"について話していた。

設楽「日村さんは、あんまり覚えてもいないかもしれないね。俺が言うから、覚えてるだけで」

日村「そう」

設楽「俺にとっては衝撃的だったから」

日村「俺が、ゲイなんじゃないかって一瞬、思ったくらいだからね」

設楽「そうそう。初めて、俺の家に泊めて、様子がちょっとオカシイから。様子がオカシイっていうか、普通じゃない。それを言おうとしてるから、寝る寸前からソワソワしてるんだよね」

日村「うん」

設楽「俺が覚えてるのは、寝て。多分、こたつに毛布かなんか貸してあげて、日村さんが寝て。寝ようって言っても、ホントに眠いから寝るだけよ。朝方くらいだったから。夕方くらいから会って、飯食って、飲んで。そっから俺の家に来てるから。たぶん、12時過ぎてる。そこから喋ったりしてるから」

日村「うん」

設楽「ホントに寝にきてるわけじゃないから。帰れないってこともあったから。それで、朝方じゃない?眠いから寝ようって話になって」

日村「うん」

設楽「それで、電気を消して、真っ暗になって。でも、ホントにちょっとしたら」

日村「ちょっとしたら」

設楽「電気またパチって点けて」

日村「うん(笑)」

設楽「その時、日村さんは立ってたの。だから、もしかしたら俺が消して、たぶんその時点で日村さんは立ってヒモを探してたんだと思うんだ」

日村「はっはっ(笑)その時間で電気が点くってことはね」

設楽「立ち上がってもう、俺は寝てるのに立ってて、俺の方に向いてたから」

日村「怖ぇ(笑)」

設楽「怖ぇえよ。スゲェ」

日村「スゲェ怖い(笑)」

設楽「それで、目も悪かったから」

日村「レーシックまだやってないからね」

設楽「ヒモ探して、すぐに電気点けて、ハッと見たら俺を見下ろしてる感じで」

日村「見下ろしてる感じだ」

設楽「そう。ヒモを持った状態で。イメージね。ホントに持ってたかは分かんないけど、俺の方を見て、『今から俺、スゴイこと言うけど』って言ったの」

日村「『今から俺、スゴイこと言うけど』」

設楽「この時点で、もうアゲてるの。自分が盛り上がっちゃってるから。それで、思ったの。『何?…ヤバイ』って」

日村「ヤバイ」

設楽「初めて泊めちゃったけどね」

日村「とんでもねぇカミングアウトが出てくると」

設楽「そうそうそう。この感じでいうと、何か言いたいからっていうのは分かるじゃん」

日村「どんなヤツかもハッキリとまだ分からないからね、コイツが」
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おぎやはぎ「ビートたけしの前で前説をした若手時代」

2011.11.26 (Sat)
2011年11月24日放送の「おぎやはぎのメガネびいき」にて、おぎやはぎの二人が、芸人駆け出しの頃、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』で前説を行っていた、と語っていた。

矢作「元気が出るテレビの前説をやったときに、前説をね、マッコイ斎藤がやってたの」

小木「やってたんですよね」

矢作「俺らが芸人になったときに、なったっていったって、何にも出てない時よ。ライブにも出ていないときに」

小木「口でただ言っただけだよね、なったって」

矢作「『なりました。今日から小木とやります』って言ったら、マッコイ斎藤に『じゃあ、俺、前説やってっから、お前ら代わりにやれよ』って言われて。突然呼ばれて、何にもできないまま、人の前に立ったことないのに、前説やれって言われて」

小木「そう」

矢作「『えぇ?』って思って。1回目、マコトくん(マッコイ斎藤)の観てたんだよね。1部の」

小木「1回目観てて」

矢作「こうやってやるんだって思って。お客さんイジリみたいなのやるんだよね。どうしようかと思って、お客さんとかイジれば良いんだって思って。やっぱり、イジリ方しらないから、『ブスだな』みたいな(笑)」

小木「ふっふっふ(笑)」

矢作「だいたい、オチもないただの悪口みたいになっちゃって。全然ダメで」

小木「ダメだったよ~」

矢作「15分くらいかな」

小木「なんだかんだやったね」

矢作「ね。出てきたら、たけしさん居て。たけしさんに、この前説聞かれてたのって(笑)」

小木「モニターかなんか観てたんだよね」

矢作「観てたんだよ」

小木「観られた~って思って。緊張したなぁ」

さらに、以下のように語っていた。
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ナイナイ・岡村「バッファロー吾郎・木村とフジモンが仲が悪いワケ」

2011.11.25 (Fri)
2011年11月24日放送の「ナインティナインのオールナイトニッポン(ANN)」にて、バッファロー吾郎・木村明浩(バッファロー吾郎A)とFUJIWARA・藤本敏史が仲が悪くなったワケについて語っていた。

話の発端は、木村明浩が、バッファロー吾郎Aに改名したというニュースだった。

岡村「早くね、フジモンと仲直りして欲しいですけど」

矢部「はっはっは(笑)」

岡村「どうもまだ…」

矢部「あんまり世間に出てないところですけど(笑)」

岡村「あんまり知らないんじゃないですかね」

矢部「知らないところですね」

岡村「『オーポカホンタス事件』っていう」

矢部「へっへっへ(笑)芸人たちの間ではね」

岡村「ちょっと有名にはなってるんですけど。フジモンが、木村さんの頭を叩いて、『オーポカホンタス』っていうタイミングが、ちょっとずれたみたいなんで」

矢部「うん」

岡村「それで、木村さんが『オーポカホンタス』言わへんかった、いうて」

矢部「うん」

岡村「それが年末のテレビ東京の番組で。フジモンが『なんで、オーポカホンタス言わへんねん』って言って、木村さんが『お前、タイミングがオカシイねん』っていうことがあって、生放送で。そっから、木村さんがフジモンのことを無視するようになって」

矢部「はっはっは(笑)いや、もう40よ。40越えてんのよ?」

岡村「仲良かっただけに、ちょっとショックなんですけど」

矢部「うん」

岡村「劇場とかでも、フジモンが居ると、木村さんはもう喋らへんねんて」

矢部「はっはっは(笑)」

岡村「『声出ぇへんねん』って、嘘吐きはるねんって」

矢部「徹底してるな(笑)」

岡村「徹底してんの。『今日、声出ぇへん、アカンわ』って」

矢部「はっはっは(笑)なんか、オモシロ」
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オリラジが語る「生放送中のマジ喧嘩で行われた、CM中のやりとり」

2011.11.24 (Thu)
2011年11月24日放送の「爆問パワフルフェイス!」にて、2007年08月24日放送の「オリエンタルラジオのオールナイトニッポンR」で生放送中にケンカしたことについて語っていた。ケンカについては、以下のような流れで起こっていた。

中田「『次回、新世紀海老蔵ゲリオン、第34話 4人目の適格者、ご期待下さい』」

藤森「ふっふっふ(笑)」

中田「これは面白いよ」

藤森「4人目の?」

中田「あぁ~全然分かってねぇな」

藤森「分かってますよ」

中田「第17話、慎吾まだ観てねぇんだろ?」

藤森「まだ、僕は『嘘と沈黙』までです」

中田「観てねぇじゃねぇかよ!」

藤森「ふふふふ(笑)」

中田「コレの面白さ、分かんねぇかなぁ…」

藤森「何が?イメージは分かるけど」

中田「4thチルドレンってことですよ?」

藤森「うん」

中田「それと海老蔵のが絡んでるんですよ?そこに馴染みがねぇんだよ、慎吾に。全然…うわぁ大丈夫かな?」

藤森「4人目の適格者ね。覚えました」

中田「うわぁ…はい。童貞だわ、エヴァ知らねぇわ。どうすんだよ」

藤森「お願いします」

中田「慎吾のなんだろ、この顔腹立つんだよね。絶対、ネットにアップして欲しいわ。この顔。何、この顔」

藤森「お願いします」

中田「出番前に、『慎吾、ヒゲ伸びてるよ』とか『鼻毛出てるよ』とかって言うと…」

藤森「もう!いいから、次行ってください」

中田「イジったときに、すげぇ不機嫌になるんですよ」

藤森「俺がスネる話するな、今!」

中田「そんときと一緒なんですよ」

藤森「俺のスネる話するな!」

中田「だから、今、ちょっと傷ついてる(笑)」

藤森「もう、いいから読めや、はやく!」

中田「慎吾ちょっと傷ついてるわ(笑)」

藤森「いいから!早く読めや」

中田「あぁ?!」

藤森「『あぁ?!』じゃねぇわ。早く読めや!」

中田「何だコノヤロウ!」

藤森「何だコノヤロウ、おい!」

中田「そんなんで読めるか、コノヤロウ」

藤森「そんなん、俺が知らねぇとかって言われたら、こっちだってどう受けていいか分かんねぇだろ」

中田「そんなもん、お前が知らねぇから悪いんだろうが」

藤森「やっかましいわ!知らなかったら、隠すのが体(てい)だろうが」

中田「これやるって言うんだから、観てこいや、コノヤロウ」

藤森「観てるわ。時間なくて全部見れなかっただけだろうが」

中田「全部観ろ、このやろう」

藤森「早く次いけや、コラ!」

中田「次いけで行けるか、コラ!『行ってください』って言え、このやろう」

藤森「行って下さい、行けや早く、ほら!」

中田「あぁ?コラ」

藤森「コラ!」

中田「コラじゃねぇよ、メガネ」

藤森「お前もメガネ掛けてんだろう、今日」

中田「だからなんだ、コノヤロウ」

藤森「何でもねぇ、バカヤロウ。早く読めや」

中田「なんだと、テメェコノヤロウ」

藤森「ナンダコラ」

中田「ナンダコラ」

ここで二人が揉み合う音がマイクに入る。さらに、以下のようなやりとりが起こっていた。
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伊集院光「立川談志・落語における言葉のイリュージョン論」

2011.11.23 (Wed)
1998年12月14日放送の「伊集院光 深夜の馬鹿力」にて、立川談志がゲスト出演していた。そこで、伊集院光が立川談志の「言葉のイリュージョン」について語っていた。

伊集院光「『言葉のイリュージョン』って言葉を、少なくとも30数年前から本の中で言ってるんだけどね。『言葉のイリュージョン』って、スゴイとんでもないことを言うじゃないですか。とんでもないことなんだけど、ちょっと画が浮かぶこと」

「それで、落語と脳汁がビュービュー出てるような喋りは、全く別物だと思ってたんだけどね。…落語っていうのは、画的にある程度想像がつくんですよ。画が、一瞬頭に浮かぶイリュージョン」

「たとえば、『お灸据えたらびっくりして屋根突き破って見えなくなっちゃうぞ』っていえば、映画のセットで言えば、古典落語の舞台、時代劇でお灸据えてるやつが、あんまりにも熱くて、ブワーって飛んで、長屋の屋根を突き破って、そのまま雲の彼方にスゥーって消えていく画が、一瞬頭に浮かぶイリュージョンなのね」

「俺が、バカ歌とかでいう『全裸の股ぐらケチャップ塗って、逆さ宙吊り、それでもハインツなら垂れません』っていうのも、一瞬一瞬、画が浮かぶんですよね…飛びすぎのギャグ、メチャクチャ飛んでて面白いっていうのは、俺は相当テンション上がってないとできないんだけどね」

「談志師匠は、その方法について、『もともと、子供なんてのはそんなもんで、その後、ルールをいっぱい覚えていく。(それで理路整然と話をすることが、できるようになるのだが)でも、これはホントは不自然なこと。今、頭にチラっとよぎったことを全部喋っていくのが、一番良いんだけど、何かしらの抵抗があるんで、飛びきれなくて面白くなかったりする』」

「『それを学んでいくのと同時に、日頃、面白いことをチョイスしておいて、最初に作っておくと、他の画が浮かばないときにそれを割り込ませたりしていくと、相当、長時間すっ飛んでいられるし、どういう脳の構造しているんだって話ができる』と」

「対談が終わった後に話をしたのは、その時に出す面白い言葉のチョイスとかは、『センスであって、絶対に鍛えられない』ってずっと仰ってたんだけどね。こういう、カッ飛んだことと、落語は全く違うところにあると思ってたんだけど、落語っていうのは、『それをもうちょっと分かりやすくしようか』とか、『もう少し現実味を入れた方が良い』とか、そういうことだと」

「そういうことが、今日初めて分かって。俺はもう落語とは全く別の仕事をしているんだなぁって思ってたのが、『そうやって考えると、くっついてるのか』って思ったんだよね」

「ただねぇ…『談志・円鏡 歌謡合戦』っていうのを、是非CD化して欲しいんだよね。ニッポン放送が権利もってると思うんだけど、少なくともこの番組を聴いているリスナーは、へたすれば『伊集院なんか屁だね』って、『アイツの飛び方なんか、この程度か』ってくらいスゴイんだよね」

以下、実際に立川談志が語った『言葉のイリュージョン論』である。
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伊集院光・立川談志との対談「噺家を辞めた理由」

2011.11.23 (Wed)
1998年12月14日放送の「伊集院光 深夜の馬鹿力」にて、立川談志がゲスト出演していた。そこで、伊集院光(三遊亭楽大)が、どうして噺家を辞めたのかについて語っていた。

伊集院「今日のゲストは、立川流落語の家元、立川談志師匠です。よろしくお願いします」

立川談志「…」

伊集院「よろしくお願いします」

立川談志「…おう」

伊集院「は、はいっ…あのですね…伊集院光と申しまして、元々、三遊亭楽太郎(現在、円楽)のところで、落語を学んでおりまして、6年くらいでですね、限界を感じまして、リタイアして、現在、こちらに至るというワケなんですが」

立川談志「良かったわけ?こっちに来て」

伊集院「難しいところですが…時間が経ってからですが、もう少しトライすれば良かったってことがありますけ…」

立川談志「俺、今日の対談は、伊集院静さんだと思ってたんだけどな」

伊集院「あ、あぁ…作家の」

立川談志「まぁ、それは良いんだけど」

伊集院「あ、はい…。僕の方の一方的な思いで言うと、最初のウチは、誰でも天狗で入ってくるじゃないですか」

立川談志「はい」

伊集院「僕自身も、それこそ談志師匠の落語とか長いものを聞いても、『もう何十年かすれば、俺もこうなる』って勝手に思ってるところがあって…それで6年修行した結果、ある程度、慢心しているところを楽太郎も見抜いたと思うんですよ。それで、談志師匠の雛鍔(ひなつば)のテープを聴かせていただいて」

立川談志「うん」

伊集院「スゴイ若い頃の。そんときに雛鍔って話は、スゴイ簡単な話だって思い込んでたのが、談志師匠の雛鍔が全然違ってて。それで、ちょっとノイローゼっぽくなって、そこで越えれば良い壁だったんですけど越えられずに、終わってしまったというか…」

立川談志「うん…どうも聞いててウソくせぇなぁ」

伊集院「いや、ホントなんですよ」

立川談志「辞めるきっかけを待ってる気がするな」

伊集院「そうですね、色んな事があっての上で、ではあるんですが。でも、スゴイ衝撃を受けたのは確かで」

立川談志「うん…それほどの話じゃねぇけどな、雛鍔なんてのは」

伊集院「でも、雛鍔っていわゆるオウム返しだから、落語の基本だと思ってたのが、談志師匠の落語の中では、『職人の倅(せがれ)と、屋敷の倅はなんで違うんだろうか?』っていう、職人の中に疑問がよぎるっていうのが、僕なりには感じて。それが、僕の中には全く頭の中に入ってなくて。前座話っていうのは、そういうのないと思ってたんですよ」

立川談志「いや、そんなことはない。前座話に一番、それがあるんだよ」

伊集院「はい…それをすごい勘違いして、与太郎っていうのは面白ければ良いと思ってたし、オウム返しっていうのは、教わったことを間違ってやることが滑稽ならば良いって思ってたのが、僕はそれを上手い思ってたんですよ。自分の中で。それは、ウケがそれなりに鳴りがあるから、体がデカイから笑う、っていうのが分からないで、いい気になってたんですけど、そこをガーンっていかれて」

立川談志「…」

伊集院「今となれば、そこをもう一努力して越えたら何が出来たのかっていうのがあるんですけど…」

立川談志「努力しなけりゃ良かったんだよ」

伊集院「努力しなければ良かったですか?」

立川談志「うん」

ここで、対談の模様は一時中断する。そこで、伊集院光は続きについて語っていた。
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伊集院光が語る「美味い飲食店と旨い飲食店の違い」

2011.11.22 (Tue)
2011年11月21日放送の「伊集院光 深夜の馬鹿力」にて、昨今の飲食店のトレンド、棲み分けについて語られていた。

伊集院光「東京の飯屋って、美味すぎるからダメなんだって結論になり始めてて。東京って、チェーン店でも何でもそうだけど、美味い物を作ろうとするの。ともすれば、雑誌に載るような、長蛇の列が出来るような美味いものを一生懸命作るの。そうすると、味が濃くなって、味がわざとらしくなるって俺は踏んでるのね」

「だから、知り合いとかに誘われて、スゴイ美味しいラーメン屋があるよって言われて言っても、最終的にはスゴくしょっぱかったりとか、スゴく濃い味のところが多いの。美味しいご飯屋に紹介されても、美味しいのは美味しいんだけど、濃いなって思って」

「でも、ちょっと振り返ること30年くらい前、地元とかにあった、何の向上心もない中華屋。俺らの子供の頃は、ラーメン屋なんかそんなに無かったんですよ。俺らの子供の頃は、ラーメン屋さんっていうのは、職人がやるものっていうよりは、それこそ、どさん子ラーメンとか、チェーン店みたいな、飲んだ後に急いでラーメン食べて、みたいなお店ばかりで、ラーメンとグルメなんてものは、全然くっついてなかったんだよね」

「近所の中華屋さんで、餃子もラーメンもチャーハンも、レバニラ炒めも麻婆豆腐も、全部ある。へたすれば、カレーもあるんだよね。カレーも作れるようになっちゃったからって理由で。ああいうスゴく美味しくしようとか、研究に研究を重ねなくて、普通に"旨い"お店ね」

さらに、以下のように語っていた。
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